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ロング・グッドバイ

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珍しく、図書室へ足を運んだ。
亘は本がそれほど好きではない。何だかんだ言っても亘は現代っ子であり、ゲーム好きの普通の少年であった。それがどうしてこんな所に来たのかというと、授業で出た調べ物学習のためにやむなくであった。カテイノジジョウというやつで、日常生活中同い年の子供と比べればはるかに多くの時間を家事に費やさねばならない亘は、時間の使い方をシビアに考える癖がついている。そのため、学校の課題なのだから学校の図書室で用は済む筈だ、と勘の良さを働かせ、早速行動に移したのだった。近場で済むならそれに越したことはない。
室内は妙に静かで、そこに居る生徒たちは皆大人しげに自分の世界に閉じ籠もっているように見えた。
亘は居心地の悪さを感じて、意味も無く窓のほうへ歩み寄った。硝子越しに外を覗きこんで、気が付く。
この窓。
なつかしさとさみしさとが、亘の胸に押し寄せた。けれど、どうしてそんな感情が込み上げてくるのか、自分でもまるで理由が分からなかった。だからただ、ここは変だと思って、逃げるように窓枠に切り取られた外の景色から目を逸らした。
こんなことをしている場合じゃない。課題を片付けに来たのだ。
「三谷、」
背後からの声に振り返ると、そこには芦川がすっと佇んでいた。彼のまわりだけ空気が違うようだ。
芦川は時期の外れた転校生だ。亘とはクラスも違っていたが、一応友人の扱いになるのだろうか。よく分からない。彼は、人並み外れて綺麗な容姿をしている。
初めは噂として漏れ聞こえてくる無愛想さも相俟って、近づき難い相手のように感じていた。しかししばらくして彼が亘と同じ塾に入ったこともあり、互いに顔を見れば挨拶をするくらいの間柄にはなっていた。宮原という芦川を塾に誘った張本人である少年が仲立ちとなったのだが、今では二人だけでぽつぽつと言葉を交わすことはある。それを亘はほんの少し気恥ずかしく、そして誇らしく思っている。勿論、相手に気取られるような態度はとっていないつもりだった。ミーハーな自分と言うのは、どこか格好悪い。亘は、きっと芦川もそんな態度は嫌がるだろうと思うのだ。
見れば芦川は、何冊かの本と貸出しカードの束を抱えていた。
「……図書委員だっけ?」
「いや、今だけ手伝いで」
芦川はほんの少しだけ眉をしかめ、カウンターの方を振り返った。同学年くらいの女子と司書らしき若い女の人がいた。彼女たちは芦川の視線に気づき、きらきらとした笑顔を寄越した。成程、気に入られて捕まったらしい。亘は同情した。辟易しながら作業する彼の姿が容易に想像できた。
「大変だね」
亘の心からの言葉に芦川は首肯してみせたが、けれどそれ以上に会話が広がる話題ではなかった。不自然な沈黙が落ちる。
亘にとっては、芦川という特別な少年を前にした緊張からだった。芦川が何を思って沈黙するのかは判らない。
「……じゃあ。これの整理、しなきゃいけないから」
芦川がやっとそう言い出すのに、亘は内心ほっとして頷こうとして、その表情を強張らせた。
背を向けかけた彼の姿。
突然、引き摺られるような焦りが襲う。
「み、」
言いかけて、途端に亘は自分が何と呼びかけるつもりだったのか分からなくなってしまった。芦川は中途半端に動きを制止され、怪訝そうに亘を見た。
この友人に、ずっと言わなければならないことがあったのではないか。
そう、亘は唐突に思った。
けれど、勿論そんなことはある筈もない。亘と芦川は、友人というよりただの顔見知りだ。こんな人を惹きつけるきれいな少年と自分との間に、特別なものなど望むべくもない。こうして微妙な知人のように居るだけで、亘には充分な筈だった。
「三谷?」
芦川の落ち着いた声が亘を呼んだ。
三谷、と。
ミタニ?と亘は思った。
亘の現在の苗字は、実は以前とは違って母親の旧姓であり、それは最近の、カテイノジジョウに起因するのだが、学校では面倒なので教師の了承を取った上、そのまま父方の姓で通している。だから勿論三谷と呼ばれて何の不都合も不思議もないが、今ここで亘が感じた違和感は、そんなことに関係してはいなかった。
違うのだ。
芦川が呼ぶ“ミタニ”と亘の間には決定的な隔たりが在って、それが亘の心をざわつかせる。けれど、その違和感を解消するためのカギを今の亘はもう、持ち合わせてはいなかった。亘は何も憶えていない。何かを忘れていることすら憶えていなかった。
それなのに亘の心だけは、いつだったか彼が無くしたものを求めてざわめく。だから、筋道だった理由なんてそこにはなかった。
心が悲鳴をあげるまま、亘はどうしようもなく混乱した。
亘は鼻の奥にツンとする感じを覚えて、自分が泣きそうになっているらしいとやっと気付いた。
見つめあった芦川の、少し薄い色の瞳。
きれいなその目の中に全部答えがあればいいのにと亘は思ったが、視界はついに潤んでくる。見ないでほしいと思う。
目を逸らせない。
もう駄目だと亘が思った時、芦川がぱっと亘の手を引いた。
「あしかわ、」
狼狽して呼んだが、声が震えてしまったので、亘は口を噤んだ。
芦川はそのまま無言で、亘を背の高い本棚と本棚の間に連れて行った。亘は知らなかったが、そこは小学生には些か小難しい内容の本が並んでいるため、いつも人気が無い場所だった。
生徒達が読書に勤しむ静寂とはまた違ったしんとした空気に、亘はおののく咽喉からそっと息をついた。目がひどく熱い。
内心では芦川も不審に思っているに違いなかったが、それを見せないように気遣っているのだろう。亘は動揺の中感謝した。芦川という人間は、とても優しいのだと思った。
そして、そんなことはもう、とっくに知っていた気もした。
作品名:ロング・グッドバイ 作家名:ぺあ