質疑、応答せず
「気分はどうだ?聖女」
顔と同様、凍りついたような自分の声に、機敏な動きで少女は振り返る。そこに一種の清々しささえ感じられて、イギリスは眉を顰めそうになるのを必死で堪えた。表情を動かすことを己に許したくはない。
「落ち着いています。……この死は、怖くない」
強がりだとしても上々だ。微笑みすら持って彼女は静かに告げる。清々しいような覚悟を決めた少女に、イギリスはつまらない問いかけを重ねた。こんなものでは、彼女の覚悟はひるがえらないと知りながら。
「何故だ。怒りが恐れを凌駕するとでも言うつもりか」
「怒り?何のことです」
心からの疑問符を顔に浮かべた少女に、今度こそ堪えきれずに、イギリスの眉が寄る。しかしすぐまた無表情に戻った。能面のような顔を作るイギリスに、少女の方も何か言いたげに口ごもったが、それも一瞬のことでしかなかった。作られた無表情、感情を捨ててしまったような顔をして、彼らは互いに対峙する。
「裏切った国にその身を捧げるのがお前の教えか」
「いいえ、私の国は私の望みを叶えてくださった」
国が生き存えるのならば、この身は捨てて構わない。
流れる水のように言い切った少女に、捕らえたときのことを思い出した。彼女は自軍を振り返って笑ったのだ。そうして大きく口を動かした。
捨てて、と。
なるほど、それで言うなら彼女の望みは叶うだろう。彼女は捨てられる。国にも、そして神にも。それをするのは自国……自分だ。遠くで起こった決定に逆らえない、逆らおうとは思わない自分は、せいぜい背筋を伸ばして立っているしかないのだ。それしか許されない、許されようとも思わない。
「それに、私が怒りを覚えるのならば、あの方ではなく貴方にでしょう」
遠い場所を、まるで壁を造るような目をして思い返していたイギリスは、少女の声にハッとして焦点を合わせた。燃える焔のような目を正面から見据える。
「貴方が侵略などしなければ、あれほど多くの人が死ぬことは無かった。……あの方があんな傷を負うことは無かった」
少女の怒りが向かった先に、思わず苦笑がもれそうになった。しかしそれは出来ない。冷徹であることだけを自分に律してイギリスは口を開く。
「恨むがいいさ。俺も国民を殺したお前達を恨む」
「それは八つ当たりというものではないの」
「さぁな、そんなことは知らねぇ。お前達が俺達の貧しさを知らないように。餓死するよりも戦死することを彼らは選んだ。俺はそれに従う。それこそ、死ぬまで」
暗い牢屋の中よりもなお暗いイギリスの目を見て、少女は何かに気付かされたように目の中の炎を消した。触れることの出来ないどうしようもないものに、突き動かされるように走り続けた自分達には、戻ることなど出来ないのだ。冷たい顔で望みを告げた今、溶けるような笑顔で願いを言うことはもう、出来ない。もう会えない。少女は何かを押し隠すように冷たい表情を保って口を開く。
「貴方は?」
「あ?」
「貴方には何か、願いごとはないの?」
明日処刑される少女は、その死にすら泥を塗ろうとしている国に対して優しい口調で問いかけた。意表を衝かれたイギリスは、二三度目を瞬かせたあと、静かに目を伏せる。再び彼女と目を合わせると、熱くなった瞼の奥を隠す為に、顔を歪ませることを自分に許した。そうすると、まるで皮肉な微笑みめいた表情になる。
「それじゃあ、あっち行ったら訊いといてくれ」
そして彼の御許に行こうとしている彼女に問いかけを託す。イギリスの言葉を聞いた少女は、まるで言葉を抱きしめるように胸の前で手を組み、笑った。哀しい、優しい、遠くの誰かを慈しむような、泣き出しそうな笑みだった。
主よ、何故貴方は我らが守ることを許してはくれないのか。
この問いの答えは未だに見つからない。