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我が手 逃亡先にて

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そいつは,いくつになっても夢見るような眼差しをしている。まるで,遠いどこかが見渡せるように,焦点をぼかしている。穏やかで,春の陽だまりのようにやさしい微笑みを口元に浮かべ,庭に目を遣っている。そうだ,その顔が見たかったんだ。明日,ここから離れる。もう用はない。
「一彰,明日」
「ああ,明日」

 イギリスの片田舎の隠れ家に潜んでいた。相棒が体調を崩したからだ。日本から逃げ出した時は,精神的に気張っていたから度重なる移動にも相棒は,よく耐えた。栄養失調で両手に銃創を負っていたにも拘わらずだ。どうにか追っ手の目を逃れたと安堵した途端に,派手にぶっ倒れてしまった。風邪だと言う割に,熱は下がらない。過労というものだ。
 確かに,ここに辿り着いた時は真冬で零下に近かった。それも一月で随分と暖かくなっていた。古ぼけた隠れ家の前は,小川が流れていて,その土手には並木がある。その蕾がどんどんと膨らんでいくのが見た目にも明らかだった。相棒は,その花が咲いたら,どんな感想を口にするのだろう。
「リ・オウ,そろそろ動こう。」
「はあ?」
「もう大丈夫だ。いくらなんだって,こんな静かなところじゃバレるのも早い。」
「ヘイ,誰に向かって説教してる? そういうことは僕の専売特許だ。あんたの心配することじゃない。心配しなくても,ここは安全だ。あんたは,さっさと熱を下げてくれ。」
 もう下がったよ,という相棒は,そこで足を止めた。たぶん,姫里のあれを思い出したはずだ。
「まさか,と思うが・・・これが咲くまで,とか言わないだろうな?」
「そのまさかだ。」
「バカヤロウ」
 しかし,この罵声は悪態とは違い,ちょっとばかり嬉しいのが恥ずかしいというところだろう。普段からわかりにくい奴だが,礼までわかりにくい。その土手に歩み寄り,しげしげと蕾を眺めているのが,いい証拠だ。あの狂わせるほどの桜ではなくても,まざまざと思い出させてくれる。相棒と一緒に踊ったあの夜のことだ。
「ホームシック?」
 見上げている相棒をからかったら,また,『バカヤロウ』と返事した。世界は広いと,相棒は,ここに来て漏らした。景色が違うことを実感したのだ。日本からはみ出したことのない相棒は,景色すら馴染めていない。何にも執着しない相棒が,それでも何か違和感を抱いていた。まるっきり,違う世界に飛び込んだから,右も左もわからない。そんな時,ここを見つけた。少しだけ相棒を和ませるものがあったからだ。

 温度が上がり始めると,急速に蕾も膨らんだ。ちらほらと花が開きはじめた。一両日には満開になるだろう。夜半にテラスから,ぼんやりと光るようなあれを眺めていた。
「知ってて連れてきたのか?」
「いや,偶然・・・なんとなく・・・誰かが,ここで倒れたから・・・どれでもいいぞ。」
「悪かった」
「別に・・・今度,俺が倒れたら借りは返させるさ。」
「あんたが風邪なんてひくとは思えない」
「怪我はするぜ」
「ああ,痛い目に遭わせてやるよ。」
 いじめっこは相変わらずだ。こいつは,人の傷に平気で塩を振りまくようなことが好きだ。痛みを忘れさせないためだ。ふたりで一緒に世界を敵にする。欠けることは,できないから次への反省のためだ。だが,三割は,こいつのサド趣味も入っていると思われる。
「あんた,僕に看病の礼がまだだ」
「・・・・・・」
「報酬代わりに,あそこで踊ってくれ・・・あの静かな踊りが見たいんだ,一彰。」
 もう一度,相棒は桜の下に立つ。自分とは刻むリズムも違う静かな舞いだった。それを優雅な仕草で一差し舞うと,「おまえも踊れよ」と誘ってくれた。久しぶりにステップを踏む。そろそろ潮時だ。別の潮流に乗り換える。明日,ここを離れることになるだろう。どこまでも行けるところまで行ってやる。執着したものは手に入れた。後はいかに無くさないか考えればいい。実に単純で有り難い。
 桜に見惚れるこいつを自分より長く生かしておけば,それでいい。たとえ,自分よりほんのわずかでもいいから,こいつを残してやる。そうすれば,こいつは怒って追い掛けてくるはずだ。地獄の底まで追い掛けてくれたら,また組めばいい。
「イギリスに桜があるとは思わなかった」
「ワシントンにもあるぜ,一彰。次はそこへ花見にでも行く?」
「バッカヤロウ,そこは一番まずそうな土地だろうがっっ」
「心配無用だ。あんたは,よくよく人の仕事を横取りしたいらしいな? それは僕が考える。あんたは,ともかく連いてこい」
「ああ,連いていくさ。どこまでもな」
 気楽な旅のように,こいつは微笑む。そして,静かに桜を見上げた。
作品名:我が手 逃亡先にて 作家名:篠義