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美しい瞳

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 ルックは誰かに引き上げられるようにして、深い眠りから覚めた。
 カーテンの隙間から溢れる日光は眩しく豊かな朝を彷彿させるが、それより先に襲いかかってきたのは気だるい頭痛と、それを増幅させるほど部屋中に充満した酒のにおいだった。
 頭を押さえつつベッドから降りると、床にはなぜか上半身裸で酒瓶を抱えたままのシーナと、しっかり毛布にくるまって芋虫状態のタツマが寝ていた。部屋主であるルックはどうやらベッドだけは確保出来ていたらしい。

 トランで再び出会ったタツマの歓迎会はすでに行われたのだが、それとは別に昨晩、再会を祝してべろべろに酔っ払ったシーナに絡まれ、一緒にいたタツマも酒を煽り、逃げるように自室に引きこもったにも関わらず押しかけられた。
 そして結果、この光景である。
「なんでこの僕が……」
 思わず出てくる愚痴を未だ寝ている二人に投げつけながら窓を開けると、風が舞い込んできた。
 ひとつ深呼吸して空を見上げると、やけに高い位置に太陽がある。慌てて時計を見ると、昼をとっくに過ぎていた。
「なんでこの僕が、こんなことに巻き込まれなくちゃいけないんだ」
 悪態をつきながら、それでも苦々しい思いが沸いてこない。
 そういえばなぜシーナが服を着ていないのか、まったくもって思い出せない。ただ、素っ裸になった友を見てタツマと一緒に、柄にもなく爆笑したことだけは覚えている。
「なんでこの僕が」
 そう呟く声に二人は起きないが、無理矢理起こそうという気になれず、窓辺に寄りかかった。
 また、柔らかな風が部屋に入ってきて、ルックの髪を揺らした。



柔らかな風 - Ⅱ -











込み上げてくる胃酸にルックは身を任せようとするが、二日なにも口にしていないせいで、喉が熱くやけて咳き込むだけだった。
ヒューゴの、あの瞳を、美しい瞳を、見てしまった。トランの湖で覗きこんだ水のように透きとおり、ノースウィンドウの城で見上げた空のように澄みわたる瞳。かつて、あの瞳を持つ者たちに願いをかけたこともあった。もしかしたら、世界は変わるかもしれない、と。炎のように力強く、風のように気高く、雷のように鋭く、水のように美しく、そんな複雑な色に魅せられて、想いをのせた。
友だったし、仲間だった。
確かにそこに、手を伸ばせば返してもらえるほど近くにあったのに。すべてを振り払ってきてしまった。どんなに感傷に襲われても、浸ることは許されない。自分を憐れんで救ってくれたレックナートを傷つけてまで出てきたのだ。何年経っても鮮やかに思い出せる過去を、懐かしがることも、本当ならば許されない。
けれど、もし、母であり姉であり、親であり家族であった師の瞳を見れたなら、きっと彼らのように、ヒューゴのように、美しい瞳だったに違いない、と。
そう想わずにはいられなかった。



美しい瞳 - Ⅲ -











「ルック、ルック。お話があります」
「なんですか、レックナート様。掃除ならもうやりましたよ。パンとクッキーは昨日買いに行ったじゃないですか。それともお茶ですか?それなら今から淹れますけど」
「……そうではありません」
 珍しく眉を寄せる師の顔を見て、ルックは改めた。
「なんでしょうか、レックナート様」
「ついてきなさい」
 そのまま説明もなく連れられてきた搭の一室に、見慣れない石の板がそびえたっていた。
「なんですか? これ」
「約束の石板です。持っていってください」
 えっ、と返しても、レックナートはにこっ、と笑ったきり答えない。
「……とりあえず、どこにですか?」
「タツマの所にです」
「誰ですかそれ」
 えっ、と返されて、ルックも答えられない。誰なのか本当にわからなかった。
 するとああ、とレックナートは困ったように笑った。
「ルックには名前を言ってなかったかもしれませんね。生と死を司る紋章を持った子です」
「ああ、あの」
 レックナートに縁がある紋章らしく、やたらとソウルイーターを持つ少年のことを気にかけていた。そういえば一度、星見の結果を取りに来たこともあった。
「そう、そのタツマです。今はトラン湖の城を拠点とする解放軍のリーダーになったのですよ」
「はぁ。それでそいつの所に持っていくんですか?これを?」
「はい。あなたの力なら、出来るでしょう」
 ルックはそびえたつ石板を見上げながら面倒くさい、とでかかった言葉を飲み込んだ。そんな事も出来ない、とは思われたくなかった。
「わかりました。いまからですか?」
「はい。そしてそこで、あなたもその風の力で手助けするのです」
 つい、はぁ?と、今度は声をあげるが、師はそんなルックに構わず言った。
「あなたはそこでいろいろ見てきなさい。人を、紋章を、歴史を、宿星を。必ずあなたの血となり、糧となるはずです。私の愛しい子よ」
 そして穏やかに微笑む。それに逆らえず、ルックは右手の紋章に力を込めた。
「わかりました、師の教えに倣います」
「では、ルック。参りましょうか」
「え、レックナート様も行くんですか?」
「ええ、向こうの方々にも説明が必要でしょう?」
「なら運ぶのは僕じゃなくても」
「ルック。参りましょうか」
「……はい、レックナート様」
 ルックはひとつ深呼吸し、そして紋章に語りかける。
「我が“真なる風の紋章”よ、その力を示せ……」



始まりの時 - Ⅰ -
作品名:美しい瞳 作家名:深川千華