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眠れぬ夜、終わらない夢

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 眼の奥が焼けるように熱く、痛む。
 焼けた石を飲み込んだかのように腹部は熱を持ち、体中の血が沸騰してしまうのではないかと思うほど。
 胸に渦巻くこの感情が怒りなのか悲しみなのか、それとも悔しさなのかそれすらよくわからない。
  
 あの時二人の言うことをきかなければ、二人を残して逃げなければ…二人を説得して一緒に逃げていれば…どうしようもない後悔で頭の中が埋め尽くされ、気が狂ってしまいそうだ。
 狂ってしまえば楽になれるのかもしれない、何もかも忘れて笑っていられるのかもしれない…。
 けれど俺はなにもかも忘れて狂ってしまうわけにはいかない、ナイトレイ家の正統な後継者は俺だけになってしまったのだから…。

 痛む目元を両手で強く押さえつけながら、広い寝台の上にゴロリと横たわると、控えめなノックの音が聞こえてきた。
 喪に服している間は呼び出さない限り使用人が部屋に来ることは無い、葬儀の参列者達は最後の一人まで見送った後なのでよほどのことが無い限り取り次がれないはずだ。
 ノックの後、部屋の主の了承も得ずに扉が開かれる。こんな失礼な奴は一人しかいない。

「…入るな」

 押し殺した声で一言言い、扉に背を向けた。
 扉の閉じる音とともに一人分の足音がこちらに近づいて来る。

「リーオ、呼んでないだろうが、部屋に戻れ…」

 腹の底から熱い息を吐き出しながら、退出するように促すが…聞く気は無いらしく足音は寝台のすぐそばで止まった。
 キシリ、と小さな音を立て、寝台が沈んだ。
 寝台に腰を下ろしたリーオは何も言わず俺の頭を撫で始めた。
 何度も何度も優しく撫でられ、ほんの少しだけ強張っていた身体から力が抜ける。 
 目元を押さえたままだったが、リーオがどんな表情をしているのかなんとなくわかった。
 目元を押さえるのをやめ、リーオの顔を見上げると、俺の想像していた通りの表情をしていた。
 俺の視線に気づき、わずかに口元を綻ばせる。

「…少しは泣けた?」
「………」

 俺が泣いたところで二人が生き返るわけでも時が戻るわけでもない。
 それに、泣いてしまったら自分の無力さを正当化してしまいそうで嫌だった。

「泣くか、眠るかした方が良いよ」
「無理だ」
「じゃあ」

 頭を撫でていた手の感触が無くなった。

「君が泣くまで殴ってあげようか?」

 不穏なセリフにつられてリーオを見上げると、撫でていた手は俺の頭上で握り拳になっていた…今にも降ってきそうだ。
 思わず両手で頭をガードする。

「何でそうなるんだ…」
「主人が体調を崩さないように世話をするのが従者でしょ?泣けない、眠れない、食事をろくに取らない。この調子じゃいつか倒れるよ?だから泣くか、眠るかしろって言ってるんだよ」
「それにしたって乱暴すぎるだろうが」
「怒って直ぐに剣を抜く君に言われたくないんだけど」
「………」
 
 …まさに正論だ。
 いつもリーオの言うことは正しい。

「…眼を閉じて、身体の力を抜いて」
「何だよしつこい奴だな」
「殴られたくないなら黙って僕の言うとおりにする」
「クソっ」 

 リーオに言われたとおり眼を閉じるとリーオが動く気配がする。
 そして、ひょいっと頭が持ち上げられた。

「なっ!?」

 驚いて眼を開くと、リーオの顔が見えた。
 頭の下には寝台とは違う感触。
 どうやら膝枕をされているらしい。

「ほら、眼を閉じて大人しくする」
「うぉっ!?」

 慌てて起き上がろうとすると、リーオの細い指で額を押され、結局リーオの膝の上に頭を乗せる事になった。
 …このまま抵抗し続けると本当に殴られかねないので、大人しく眼を閉じる事にする。

「良い子だね」

 優しく髪を混ぜる様に撫でられてくすぐったい。

「子供扱いすんな」
「成人はしていても、学園を卒業するまでは子供のままで良いと思うけど」
「そんなわけにはいかないだろ」
「はいはい、口は噤もうね」

 子供扱いされているようで少し腹が立ったが、撫でる手が心地良く反論しようと口を開こうとも思わなかった。
 撫でられている内に身体から力が抜け、意識がぼんやりと沈み始めた。
 この調子なら眠れるかもしれない、そう思った時、歌が聞こえてきた。

 変声期を終えた男にしては高めの声が歌うのは緩やかなテンポの歌だ。
 どうやら子守唄らしい…孤児院の子供達も同じように寝かしつけていたんだろうか?

 頭を撫でていない方の手で胸の辺りをポンポンと優しく叩かれる。
 優しい歌声に優しい手、寝顔をこんなまじかで見られるのは少し恥ずかしい気もするが、久々に訪れた睡魔に抗う事が出来ず俺の意識は沈んでいった。
 
 
 優しい微睡に包まれながら夢を見た。
 
 燃えている建物。

 血に塗れた黒い刃の剣。

 足元に転がる血だらけの誰か。

 そして終わる事の無い悪夢が始まった。