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けたたましい蝉の鳴き声と裏腹に、わたしの家はとても静かだった。制服姿のわたしは熱さにやられた脳でぐるぐるとお坊さんの読むお経に洗脳されていた。ぐるぐるぐるぐる、父方の祖父が死んだのだ。あと3日で89歳になるはずだった祖父は、誕生日を待たずして長年煩っていた肺の病によって昨日の昼に「少しだけ眠るから、起きるまで待っていて欲しい」とわたしの手を大事そうに握り眠りにつき、祖父はそれっきり起きることはなかった。

祖父はわたしを大変愛していた。わたしには二人の姉弟いたのだけれど、その中でも特別祖父はわたしに目をかけてくれていた。わたしが間の子だったこともあり、父と母にあまり手をかけられなかったわたしは祖父に何かと預けられていた物心がついた時にはすでにわたしはすっかりとおじいちゃんっこになっていた。これがわたしの自惚れではなければ、確かに祖父はわたしを大変愛していたのだ。にも関わらず、祖父の死に現実味を持てないわたしは、ただぼんやりと、動かなくなった祖父を眺めてはため息が出るばかりだった。

お焼香を上げ終えた後、食事の時間になりわたしはなんとなくなく席を外した。昨日から続く原因不明の重い空気が耐えきれなかったのだ。大人達は久しぶりにあった親族と会話が途切れないよう、途切れないよう捲し立てるように話し込み、おさない従兄弟たちは大人事情も知らずぎゃんぎゃんと畳の上を走り回っている。

静かなところに、そう思い、重い体を持ち上げ縁側へと向かった。ひんやりとした廊下をゆっくりと踏みしめ、縁側に向かうと、誰かが空気を入れ替えようとしたのか、戸がすべてあけられていた。外を眺めようと顔を覗き込むとまぶしいひかりに目がくらみ、わたしは眉をひそめた。ひかりに慣れ、外を再び眺めると、そこにひとりの男がだっていた。あ、と小さく声が漏れた。

「祖父の知り合いの方ですか」

恐る恐るわたしが声をかけると、男の人は少し驚いたように振り向きわたしを暫く見つめて、ああ、と頷き笑った。「ええ、まあ」男の人は曖昧そうにそう答え懐かしそうに祖父が大切にしていた庭を眺めた。男の人は真っ黒な着物姿だった。今時喪服もスーツがほとんどなのに、珍しい風貌だった。

「あの人の、お孫さんですね、目元があの人にそっくりです」

からかうような、柔らかい男の人の物腰に、ふと、わたしはこの男の人は祖父とわたしを重ねていることに気づいた。この人が話かけているのはわたしであって祖父のようなのではないか、と。なんとなくではあったが、妙な確信があった。わたしの様子を察した男の人はゆっくりと立ち上がり、笑ってわたしに手の上に手をおいた。酷く美しい白い手だった。この日差しの強い季節に、不思議なほどその男の人の手は白く、青い血管がはっきりと見えた。死体のような手だと、ふと思った。「貴方は出来るだけゆっくりと年を取ってくださいね」そう言うと男はゆっくりと縁側に背を向け歩き出した。何か言おうにも、言葉には出来なかった。男の後ろ姿はだんだんと小さくなり、次第に見えなくなった。男のいなくなった縁側でわたしはひとり、気づいたのだ。祖父が死んだことを、はっきりと。あの男の人が言った言葉をわたしは今でも時々思い出しては口にしようとして、飲み込んでいる。

それがわたしが最初で最後に見た男の人の姿だった。

その日から幾日もたたない頃、わたしが祖父の部屋を譲り受けるために部屋を整理していたところ、小さな一枚の古びた写真が本の隙間に挟まっているところを見つけた。祖父とまるで恋人のように男の人が幸せそうに笑ういつかの男の人が父の腕の中にいた。祖父は戦争に駆り出される直前のようで、軍服姿でだった。隣りにいる男の人の手を握り、さも幸せそうに映っていた。あの日わたしが見た時となにひとつ変わらないあの人。ねえ、貴方は本当に誰だったの、そうこころの中で聞いてみても答えは出ない。真っ白な肌をした男の人はもうわたしの縁側にはこない。。ねえ、おじいちゃん、貴方はあの人を愛していたの。おじいちゃんを<あの人>と大切に呼んだあの男の人を。この写真の中の男の人を。名前も知らない男の人を。愛していたのね。名前も知らない男の人も、祖父を愛していたのだろうか。すこしだけ考えて、答えが出ないと気づいて、祖父の匂いの残る部屋で、ひとりで泣いた。祖父が愛した人。愛したけれど、愛せなかった人。

わたしが少女だったころみたまぼろし。





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20091115  in the picture
作品名:in the picture 作家名:エン