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星がない夜も

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開けた窓から入ってくる風が、ほてった身体に心地いい。いたたまれない気持ちと羞恥と求められた嬉しさがないまぜになって、気持ちがそのまま出てしまったかのような表情を隠そうと帝人はぎゅっと枕に顔を押し付けた。
静雄といわゆるオツキアイなるものをすることになって、相手は大人で、帝人の目には可愛く見えてもれっきとした成人男性で、だからいつかそういうこともするのだろうという予想はあって。けれどもまさか、誕生日でも記念日でも土曜ですらない平日のそれもまだ明るいうちに、一線を越えることになるなんて思ってもみなかった。
学校帰りに、たまたま早く仕事の引けた静雄に誘われて部屋にお邪魔して、静雄だってそんな素振りも見せなかったのだから、心の準備が出来てなかった帝人が少しくらいうろたえたって仕方がないというものだろう。
「怒ってんのか?」
「違います」
なのに、見当違いの心配を投げつけて、静雄は伏せた顔を覗き込もうとする。
いつもは帝人に対して気を遣いすぎるほどな恋人の、意外な一面を今日帝人は知ってしまった。意地が悪いというか、ナチュラルに酷いというか、天然だから性質が悪い。
「顔見んなつったのに見たからか?」
「…違います」
「じゃあ、無理矢理声出させたからか?」
「だから、」
「仕方ねぇだろ。お前の声も表情も、初めてなんだから全部ちゃんと見ときたいって、」
「だから違うって言ってるじゃないですか!!」
恥ずかしい。なんなのこれ、ものすごく恥ずかしい。
けれどこのまま話し続けられるのはもっと恥ずかしくて、顔を押し付けていた枕を静雄に向かって思い切り投げつけた。ぽふ、と音を立ててそれは男の顔面に当たったけれど、非力な自分の一投なんて痛くなんてないのはわかりきっている。疲れているから尚更だ。
多分赤くなっているんだろう目でぎっと睨みつけると、枕を抱えた静雄が目の前でしゅんと頭をうなだれる。耳としっぽが見えそうな勢いだ。ずるい、この人は本当にずるい。
「本当に怒ってないです」
「けど」
「ど、どんな顔していいかわかんないんだから、だから、ちょっとくらい顔隠してたっていいじゃないですか!」
「…へ?」
別に見栄を張りたいわけじゃない。というか、この手のことが初めてなのも詳しくないのも、さっきの行為でとっくにバレている。
だからただ純粋に恥ずかしいだけで、むしろ静雄の方こそ大人の態度でさらっと流してくれればいいのに、真っ赤になってうつむく帝人の顔を目を丸くしてじっと見つめている。
ああもう、いたたまれない。本当にいたたまれない。
いっそ布団に潜り込んでやろうかと、シーツに手を伸ばす。と同時に、部屋の明かりが消えた。
夜になっても都会は明るくて、洗面所や玄関に続く廊下はともかく、寝室の中は窓から差し込む明かりで歩くには困らない。表情はわかりにくいけれど、目の前に立つ男が静雄だとちゃんとわかる程度の薄闇だ。
「静雄さん…?」
「これなら、どんな顔してもかまわねぇだろ?」
そう言ってまだ素っ裸のままの身体をタオルケットでくるくる巻かれ、窓際へ運んでクッションの上にそっとおろされた。すぐ横に座り、ほら、と半分上階の床に覆われた空を静雄が指差す。
「一年に一度なんて、俺なら絶対我慢できねぇけどな」
「…え?」
見上げた空は暗く、ところどころ微かに星が瞬いている。とうてい天の川が見えるような天気じゃないけれど、そう言えば今日は七夕だ。年に一度、引き裂かれた恋人同士が逢えるという日。
「そうですね。静雄さんなら、我慢しないで泳いで渡っちゃいそうですよね」
「そりゃそうだけどよ、仕事をおろそかにしなきゃいいってことなんだろ」
「…よく知ってますね」
「そういう話じゃなかったか?」
恋に夢中になりすぎて仕事をないがしろにし、その罰で一年に一度しか逢えなくなった恋人同士の話だ。間違ってはいない。…けれど。
「それって、…夢中になることはないってことですか?」
帝人の持つ静雄のイメージは『優しい人』だ。カッとなりやすい一面も確かにあるが、帝人に対してはどこか大人な対応を見せることが多かった。
そう、―――どこか冷静なのだ。臨也に対峙する時のように、我を忘れたり夢中になって追ったりはしない。向ける気持ちが正反対なのはわかっているけれど、憎しみというのは感情の中ではいちばん強い想いだ。だから静雄が、臨也よりも自分に強い感情を向けることはない。
わかっている。…わかっては、いる。
「夢中になったらヤベェだろ」
「そう、…なんですか?」
「お前、俺がどんだけ我慢してセーブしてたかわかってんのか?」
「え…」
我慢って、いつ、なにを。そんな思いが顔に出たのか、伸びてきた手が引き寄せて帝人の身体をすっぽりと包んでしまう。
「したいようにしたら、お前なんかすぐ壊れちまうだろ」
「壊れる、…んですか?」
「食わせても食わせても、細っせーしな、お前」
「これから大きくなるんです!」
縦には少し伸びたが、横に伸びないのが目下のところの帝人のコンプレックスだ。というか、細いから壊れそうと思われているのなら、とんだ見当違いだ。サイモンくらいならともかく、帝人よりずっとがっしりした体格の男だって静雄にかかれば全身骨折くらい簡単にしてしまえるのだから。
「そんなに簡単に、壊れたりしませんよ」
「そうか?」
「大丈夫です。静雄さんの1人や2人、どーんと受け止めますよ」
本当にどーんと来られたらもちろん吹っ飛ぶだろうけど、要は気持ちだ。強い気持ちがあるのなら、むしろそれをぶつけて欲しいと帝人は思う。言いたいことが伝わったのだろう、薄闇の中で静雄が微かに顔をほころばせるのがわかった。
「そっか…」
「そうです」
「そうだよな」
「ええ」
子供のようにうなづく姿が可愛くて、帝人はそっと手を伸ばした。頬に手のひらを添え、ちょっと迷ったが思い切って、自分の唇を静雄のそれに押し当てる。
自分からのキスは初めてで、けれども帝人はそのくらい嬉しかったのだ。自分に対しても、強い感情を持っていてくれるという、そのことが。
静雄の目が丸くなって、―――次の瞬間、わかりやすくきらりと光った。と、視界が反転して、静雄の顔は変わらずそこにあるのにその背景が壁から天井に変わっている。
「じゃあ、もういっかいしても大丈夫だよな?」
「え!? や、それは、」
「壊れないんだろ?」
目の前の男は笑顔を浮かべていて、なのにそれが怖いと思うのは食われる立場にいるからだろうか。確かにこれは、生半可な覚悟で受けとめれるような感情じゃない。静雄のそれは、全てを欲するものだ。なにもかもを飲み込んで食らい尽くそうとする、強欲な獣の本能。
「に、2回もしたじゃないですか!」
「たった2回だろ」
「たった!? …あの、やっぱりやめましょう? 壊れます、僕、細いんで、」
「壊さねぇようにやる」
いやむしろやらないで欲しいんですけど!、という言葉はあっさりキスに飲み込まれて。静雄の言った『我慢』の意味を、帝人はこの日嫌というほど思い知る羽目になった。




作品名:星がない夜も 作家名:坊。