黒い来訪者
困った。この状況を打破するには、一体どうするべきか…
情報屋は柄にもなく焦っていた。
いつものように合法とは掛け離れた方法で高校の後輩にあたる人物の自宅に侵入。
予定ではつかの間の平安を過ごしながら家主の帰宅を待つつもりであったが、
かさかさかさかさかさかさ
来訪後、突如出現した黒い物体を前にして情報屋、折原臨也は対処を考えている。
物があまりない家中のどこから出て来たのか、黒い物体は何をするでもなくただ走り回る
臨也はまず周囲に殺虫剤、もしくは新聞紙がないか物色したが、苦学生の部屋に生命活動や娯楽に関係ないものなどがあるはずもなく、とりあえず対象と距離をとって玄関先に移動してからは目の前の惨状に顔を引き攣らせるだけでその後はただただ黒い物体の行動を伺うばかり。
だがしかしこのまま放っておいて後輩が帰って来れば騒ぎになるだろうし…いや、彼が怯える姿も見たい気もするが。
かといって黒い物体が住家に帰り視界から消えたとしても必ず家中にはいるわけで、自分の中で何かしらの気まずさが生まれるだろう…
と黒い物体を前に黙々と思考を繰り広げる臨也だったが、ここで事態は分岐を渡った。
「ただいまです。…臨也さん、僕鍵閉めてましたよね?なんでいるんですか…しかも玄関先に、邪魔なんですけど」
家主が帰宅したのである。
「帝人くんおかえり!早かったねちょっとストップ!緊急事態!」
「僕にとってはすでに緊急事態なんですけど…警察よんでいいですか?」
「その必要はないよ。悪いんだけど今すぐ殺虫剤買ってきてくれない?黒い奴用の!」
「ああ…なんだゴキブリですか。この家古いんでよくでるんです。あ、僕やるんで平気ですよ」
「ちょ、帝人くん新聞紙も殺虫剤もないのにどうやって…」
想像していたのと違う反応が帰ってきたことに少し驚く臨也を尻目に黒い物体と対峙する帝人は、ポケットからティッシュを取り出し、
「簡単なことです。」
にこりと笑った。
その瞬間に一旦臨也は固まったが、すぐさま
「ストーップ!!それはないないないない!!帝人君!何も君が直接手を汚す必要はないよ!」
らしくない叫び声をあげた。
「ティッシュペーパーあるんで大丈夫「そういう意味じゃない!!!!」」
「帝人君っ!いいかい、細菌っていうのはひどく小さいからティッシュペーパーなんてうっすいもん楽にすり抜けちゃうんだよ?そんなんで奴を掴んで病気にでもなったらどうするの!?」
「じゃあ靴の裏で殺ればいいですか?」
「そうじゃなくて…俺がやなんだよっ!」
「…じゃああなたが帰るまで奴を放置して置けと?」
「…それも嫌だ!っああもう!大体君がこんなとこ住んでるのが悪いんだ!これを期に俺ん家に住みなよっ!」
そう思わず叫んでしまってから、はた、と我に帰った。
「…は?」
「…え?」
いまだ玄関先に立つ二人の間に沈黙が漂う。
そんな二人を尻目に、突然の叫び声に驚いたのか、はたまた帝人の部屋に目当てのものがなかったのか騒ぎの火種は呆然と突っ立っている二人の脇を抜け、開けっ放しだった玄関を通り外に出て行ってしまった。
そんなことなど全く気付ない2人はお互いただ沈黙するのみだった。
しかしこの後、硬直していた帝人が口を開きかけたかと思えば臨也が咄嗟に帝人宅から飛び出し、真意を知りたい帝人と照れた臨也による異例の追いかけっこが始まる。