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壱岐島 六
壱岐島 六
novelistID. 19663
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愛のあいさつ

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 長時間画面に向かっていたせいで丸まっていた背を伸ばすと、凝り固まっていた肩や腕の関節が軽い音を鳴らした。目の奥が引っ張られるような感覚は、ただでさえ下降傾向にある視力にさらに速度をつけかねない。明日は一日電子機器は禁止だな。というかもう今日か。最後にメールチェックをしてから、手際よくPCの電源を落とした。一日とちょっとぶりに、真っ暗な画面に少しだけやつれた顔が映っている。
 そのまま部屋の電気を消してみると、窓の外、空はすっかり白んでしまっていて、ブラインドの隙間から差し込む光は淡い灰色をしている。そのまま何をするでもなく、ぼうっとデスクの椅子に座りこんだままぼうと照らされた室内を、首を動かさずに目ん玉だけをぐるりと回して見てみる。乱雑に置かれた資料に論文に、でかいコルクボードには写真やらメモやらが整理されずに雑多に貼りつけられている。フィールドワーク用の一式が部屋の隅に積まれたままさびしそうにしていて、そういえば最後に出たのはいつだったか、とぼんやり考える。そうだ。梅雨に入る前に一回、短期で出たきりだった。結局、梅雨期の生態調査はハルカ一人で出て、俺は研究室に缶詰だったんだった。くそ。室内の研究も屋外のフィールドワークもどちらも同じだけ興味を引かれる分野ではあるものの、そこはやはり、外に出て実際に体を動かす方が結局のところ好きだ。父は権威に物を言わせて最近では俺を研究室に常駐させて一人で出かけてばかりいる。ずりぃ。
 出しっぱなしの簡易ベッドにはくたくたになったタオルケットが丸まっている。枕元には漫画が数冊。ルリさんのカイリュウが先日シゲルから、と送ってきてくれたものだ。田舎すぎて本屋もないミシロにいる間は、こうした便りがことのほか和ませてくれる。ポケギアには着信やらメールやらを知らせるランプがちかちか点灯していたが、サイレントモードにしていると本当に気付かないものだな、といまさら思う。
 寝ようかな、とも思ったが、その前に水を飲みたかったのと、こんな朝方に暇になったのが珍しくて屋上で朝日を拝んでからにしよう、とぽつりと思いついたのでそのまま忍び足で部屋を抜けだした。電子機器をフル稼働させる関係上適温に調節されている室内とは違い、廊下に一歩出ると多湿とじんわりとした蓄熱が肌からしみてくる。朝方の研究所は静かだ。学会前だとこうはいかない。朝の4時半に研究員の誰かと鉢合わせするなどざらだ。けれど今は忙しい時期でもなんでもないので、こうして静まり返っているわけだ。なんだか不思議な気分だった。研究所が忙しい時期はもちろん俺も忙しいわけで、こうして物影から忍び寄るようなしんとした瞬間を楽しむ余裕なんてあるわけがなくて、なんだかいけないことをしている童心のようなものがむくりと起き上がってくるのを感じる。


 ミシロの広い空は朝の色を大きく風を受けるシーツみたいに一面に広がっていた。空の端っこはうっすらとはなだ色をして、その中間は本当にうっすらとだいだい色、それから奇跡みたいなベイビーピンク。カメラを持ってこなかったことを後悔するぐらいには、久しぶりに感動する景色だった。どうせ、ギンラさんみたいにうまくは撮れないんだけど。向こうはプロだし。

「ユウキくん?」

 ハルカは居心地のよさそうな麻のワンピースの長い裾を風にあおられながら立ち尽くしていた。暁光というか、朝日というか、一日が始まる合図である光を浴びているハルカはなんというか、ひどく神聖な雰囲気をまとっていて、明らかに睡眠の足りていない頭は、ふれがたいなあ、なんて思ってしまう。そんな俺をよそに、ハルカは寝癖を少し跳ねさせたままぱたぱたと駆け寄ってきて、そ、とTシャツの裾から伸びた俺の腕に触れた。そのまま、無防備に弛緩していた手のひらを手に取って、両手で包み込む。それから、あどけなく、ふわ、と笑った。


「おはよう、ユウキくん」

 おはよう、ハルカ、と言いながらキスをした俺に、ハルカは少しだけ目元を染めながら、もう、とちっとも怒っていない声音で言った。向こうの空にはスバメが飛び始めている。そろそろ雛が巣立ちをするころだ。巣立ちの観察には、出られるといいなあ。もちろん、ハルカも一緒に。


毎朝、日が昇るのと同じように、変わることなく、俺はハルカを好きだと感じる。

おはよう世界。
おはよう、(好きだよ。)
作品名:愛のあいさつ 作家名:壱岐島 六