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あなたに願う

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両親の墓参りはいつも一人だ。
 一緒に行く人もいないから必然的にそうなる。

 あの日も良く晴れていて、郊外の墓地は芝生の青と、整然と並ぶ墓石の白と、そして空の青のコントラストが目に痛いくらいだった。
 滅多に人と会うことのない墓地には珍しく先客がいて、バーナビーは目を少しだけ見開く。
 両親の墓から3列と手前に20基ほどの墓を挟んだところに、黒いスーツに黒いネクタイの男が立っていた。三十歳前後だろうか、ただ立っているだけならば通り過ぎてしまうところではあるが、思わず立ち止まってしまったのは彼が涙を流していたからだ。
 男の目の前の墓は白く新しく、華やかな花で溢れていた。芝の中でその墓の周りだけ茶色が目立つ。周りの土がむき出しのところを見るとそこはまだ葬られたばかりの墓のようだった。
 そして、よく見れば彼の隣には黒いワンピースを着た小さな女の子がいて、彼の足にしがみついていた。
――そこから導き出されるのはすなわち。
 小さな彼女はおそらく母親を失ったのだ。
 そしてただ泣いている男は、愛する妻を失ったのだ。
 遠目でも解るハニーブラウンの目が蜂蜜のように溶けるんじゃないかと思うくらいずっと泣いていた。
 ただ呆然と墓を見つめながら涙を流す大人の男と、泣くまいと眼を真っ赤にして彼の足にしがみつく少女のコントラストがいつまでも頭に残っていた。




 ******




 二十歳になるかどうかのそんな記憶を思い出す。
 記憶を辿って、日付が変わった真夜中に、その墓の前に立った。
 5年前に比べると幾分年月を経た感のある墓石は他に比べて綺麗に磨かれていて、頻繁に人が来ていることを表している。
「やっぱり、あの時のあの人は虎徹さんだったんだ」
 目の前の墓石には慣れ親しんだ名字と、そして幾度か聞いた事のある彼の最愛の妻の名前が刻まれていた。
 持っていた花束を墓に置く。
「あの人を、虎徹さんを僕にください」
 
 これ以上、あの人の心をそっちの世界に持っていかないで。
 あの人の心から出て行ってなんて、そんなことは望んでない。 
 ただ、あの人が僕のことを心に置くのを許してください。




 ******



 命日は娘と母と揃って亡き妻の墓前を訪れる。それ以外の日は3人各々好きな時に結構な頻度で来ているからか、墓石は5年経ってもそれなりに綺麗なままだ。
「……?」
 その日は仕事の関係で、一人先に墓の前に立つ事になった。そこには、朝露に濡れた花束がひとつ。だれか知人が先に来ていたのであろうか。辺りを見回しても、朝が早いからか人っ子一人いない。訳がわからないなと、簡単に近況報告を済ます。
「なぁともえ。もう一人、好きになってもいいかな、俺。お前と楓をずっと愛するって決めたけど」
 そばにいてやりたい、大事な人が出来た。同じ立場で同じ目線で、背中を預けて思いやれる、大切な相棒。
 泣いた子供のような背中を抱きしめて、癒してあげたいと思った。自己満足でいいと思っていたら、抱きしめ返された。
「楓と恋敵になるかもしれないぜ、マジな話」
 相方の熱狂的なファンである娘の顔を思い出す。父親が自分の憧れの存在と一緒にいることを知らない娘。そんな娘にも譲れない存在が出来てしまった。
 さらりと朝の清清しい風が頬を撫でる。亡き妻の答えが返ってきたような気がした。
「さ、てと。仕事行かないとな」
 朝露に反射する芝生がまぶしい。久しぶりの早起きで欠伸をしながら、いつもは通らない方向から駐車場に戻る途中、とある墓前で足を止めた。
 年季が入った墓石には見知った姓が刻まれている。
 ようやく墓に供えられていた花束の贈り主に思い当たった。
「こんな偶然って、あるものなんですかね」
 苦笑しながらその墓石の前で黙祷を捧げる。
「息子さん、立派になりましたよ」
 同じ親として、それを見届ける事の出来なかった無念を思う。
 そして。
「――あなた達からすれば、本当に面白くない話でしょうけど。アイツが離れていくまでは一緒にいさせてください」
 その時が来たら、潔く身を引くから。彼が求めてくれる間だけは。





 *******


「バニーちゃん、なんでうちの嫁さんの墓知ってたの?」
 その日は異様に出動要請が多くて、1日街中を走り回っていた。二人でくたくたでベッドに倒れこんで、睡魔に半分足を突っ込んだバーナビーに虎徹がそんなことを聞いてきた。
 うつぶせの背中が一瞬強張ったのが解る。
「ご両親のお墓と同じ墓地だったね。偶然ってあるもんだね」
 シーツの隙間からちらりと隣にいる虎徹を見上げると、パジャマでベッドに座りながらビールを煽っている。
 なんでばれたんだと頭の中をいろんな仮説がぐるぐると回ったけれども、結局の所不思議な所で勘のいい人だ。芋蔓式にばれたんだろう。命日の朝だし、花束位じゃばれないだろうと思ったのに。しかも駐車場に行くには両親の墓の方は普通通らないはずなのに。
 これもどれも偶然でくくっていいのか、判らなくなってくる。
 もう一度ちらりと見上げてみれば、なんだか優しすぎる表情の虎徹がいた。その顔を見て、隠し立てする事なんかどうでもよくなって、バーナビーは昔話を始めた。
「……昔、二十歳になる前位にいつも通り墓参りに行った時、新しい墓の前で泣いている男の人を見たんです。いい年した大人なのに、ずっと泣いてて、足元の小さな女の子はずっと泣くのを我慢して足にしがみついてて。酷く印象的でした。大人になっても泣いていいんだって」
 泣くことが子供だと思っていた。だから泣くのを辞めたのに。
 墓の前に立っている大人は、隠すことなく涙を流していた。
「……バニーちゃん、それはおじさん予想外。嫁さん亡くなった時、確かに俺は墓でずーっと泣いてて日が暮れてお袋に殴られて引き摺っていれるまで墓の前で泣いていたけど。お前それをたまたま見てたって事?」
「……まぁ状況から見てそういうことになりますね。そのおかあさんに殴られるとこまでは見てないですけど」
 だってあの時まだ空は青かった。まるで別空間でもあるかのようにそこは完成された風景で、バーナビーは暫く眺めた後その繊細なガラス細工のような空気を壊すのが怖くて、足早に墓地を後にしたのだから。
「……いやだもう恥ずかしい」
 もぞもぞとベッドに入り込んでくる虎徹の顔はうっすらと赤い。アレくらいのビールで酔うほど酒に弱いはずもないので、本当に照れているのだろう。
「僕、貴方を見た夜、両親の為に泣けました」
 泣いていいんだと肩を叩かれたような気がして。
 あの日、バーナビーは、独り部屋で蹲るように泣いた。
 独りで泣くのはとても哀しかったけれども。
 あの哀しさを思い出して、ベッドに入ってきた虎徹の肩口に額を押し付ければ、身体ごと抱きしめられた。
 思えばこの人の前では涙腺が壊れたかのように泣いてばかりだ。 
 泣き方を教えてくれた人であることは確かなのだからしょうがない。泣き虫にした代償は慰めてもらうことで払ってもらおう。
 眠い腕を動かして、離れないように腰を捉える。 
「疲れたんだろう、早く寝ろよ」
 最後に聞いたのはそんな声。
作品名:あなたに願う 作家名:侑希