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うつくしい人生

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「おれはあんたのそういうところが死ぬほど嫌いだ」
 ネロは左手の人差し指の爪を噛みながらくぐもった口調でそう言った。
「死ぬほど嫌いだ、ってどういう意味かわかるかよ」
 ダンテは自分の持ち物のはずのソファをしこたまハイボールをかっくらった青年に占領されて、仕方なく床に腰を下ろしたまま頷くでも何か言うでもなく、のろのろと首を回した。斜めに30度ほど右後ろへ回したところで首の筋が変に痛んだので、そこで止めてみた。染みだらけの天井にぺらぺらと一匹だけ蛾が飛んでいた。
「聞いてんのか、この、クソ、」
 そのあとに続いた単語を聞いて、毎晩好きでお前が弄くり回したり舐めたり突っ込んだりしてる物が一体なんだっていうんだ、と思った。それから、自分がその一単語で表現されるとすると、これまたひどい話だとも思った。
 ネロは爪だけではなく指の肉と関節にまで歯を立て始めた。
「あんた、死ぬほど嫌いなものなんかないんだよな、そうだな、知ってる」
「塩漬けオリーブ」
 欠伸をするように答えると、思い切り蹴り上げられたテーブルの裏面にあっけなくひびが入ったのが見えた。
「おい、お前」
 いい加減にしろ、と吐き出しかけたため息をダンテは途中でぴたりと止めた。酔っぱらいがソファから転げ落ち、ひっくり返ったテーブルの脚を掴んで立ち上がろうともがいた挙げ句、その途中で盛大に嘔吐したからだった。四つん這いで咳き込んでいるネロの頭を眺めていると気が滅入った。自分が彼の歳のころは、飲んだくれてひとに絡むようなことはしなかった。そんなことをしても無駄だと知っていた。この子はまだ知らないのだ。可哀想な子だ。
 ネロは唾を吐き、畜生と何度も呻き、少しだけ笑って、自分の吐いた物の上に突っ伏した。しぬほど、しぬほどきらいなんだよ、しんじまうほどきらいなんだよ、おれはしにたいよ、あんたがそんなふうだから、そんなふうでいるあんたが、きらいで、しんじまいそうなんだよ。そう言って、自分の前髪が吐瀉物でべとべとになっているのを弄くり回し、笑った。笑いが声にならなくなっても、時折うつ伏せている青年の肩が小刻みに震え続けた。
 ダンテはようやく残りのため息を吐き出した。それが意図せず声に出てしまったので、少しだけ気が楽になり、その勢いを借りて立ち上がった。ネロとは違って失敗などしなかった。大股の一歩で酔っぱらいの傍らに辿り着き、まず腰だけ折ってその顔を覗き込み、よく見えなかったのでしゃがみ込み、頭を掴んで軽く横を向かせた。くっくっとネロの肩と顎が震えた。笑っていた。
「笑うな」
「泣いてねえよ」
「見りゃわかる」
「わからねえだろ、なにも」
「笑うな」
「うるさい」
 ダンテはネロの頬に手のひらを押し当てた。
「笑うな。飲んだくれるな。殺すな」
「なんだそれ。聖書か」
 笑うな、ともう一度言うとネロは黙った。黙って、また笑おうとして、口許をダンテの指に撫でられて息を詰めた。
「そうやって笑うとな、いつの間にか楽しいのも辛いのも区別がつかなくなっちまう、本当だ。大人を信じろ」
 ネロは不意にダンテの手を振り払い、泣き出しそうな声で叫んだ。
「あんたの真似、してただけだ」
作品名:うつくしい人生 作家名:Julusmole