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ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場

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prologue〜



+++

街並みに建つ屋敷の中庭で、池のほとりに男はひとり佇んでいた。
「……。」
池の半ばまで枝振りを伸ばした松の幹に手を掛け、目元の黒いガラス板越し、薄明かりの零れる縁側の障子の向こうに視線を送る。
……かつて男は世を捨て、名を捨てた。誰も皆足早に行き交う雑踏の片隅に、息を潜めて生きてきた。
そんな男にとって、たまたまふらりと流れ着いたこの屋敷での暮らしは、まるでか弱い雛に与えられた暖かな巣の中の日々のようだった。
生き馬の目を抜く激動の時代、残されたきょうだいふたり肩寄せ合ってけなげに生きる――、と思いきや意外とオヤ親類の遺産とかあったりメイドも複数いたりたまに庭師雇ってきっれーに庭の手入れもしてみたり、あとでっかい白いわんこも飼ってるし、……ウン、だからコッチも気兼ねなく世話になってられたんだけどさっ、――娘盛りに一家を仕切る若い姉とその弟、……特に弟の方には若さゆえのまっすぐな情熱を躊躇なくぶつけられたりなんかもしちゃったりなんかして、老境に移りゆく我が身には少々まばゆくこそばゆくもあったり……、ってイヤイヤしっかりしろ、俺はれっきとしたアラフォーのおじさんだぞ、あの子たちが自分の娘息子であったとしてもぜんぜんおかしくないんだ、それをそんな、ちょっと強めにガッツリこられたからってついフラフラと……、――ダメ! ぜったい!!
「――、」
おじさんは身に着けたよれよれの半纏の袖を捲ってグラサンの下の頬を叩いた。
……折もそんな時期であった、どこで自分の居場所を突き止めたのか、長らく別居中の妻から改めてこれからの話をしたいと連絡があった。
いつまでもそうして妻から、現実から逃げていたって、申し訳程度の下働きで厄介になるだけなって何ら責任も取れない、あの子たちの優しさにただ寄り掛かっているだけの自分、――変わらなければ、……もはや遅きに失しではあるが、腹を括って男は思った。
真っ直ぐ向き合って、置き去りに引き摺ってきたすべてにケリをつけて、捨て鉢でなく己の足でこの先長い道程を立って、……例え這ってでも、一歩ずつ進んでいかなくては、それが今までまるでダメな自分を愛し支えてくれた人たちへのせめてもの恩返しであると。
話は切り出してあった。姉の方は喜んでお見送りしますわと笑ってくれた。弟には途中で席を立たれてしまって、以来ろくに口もきいてもらえていない。あの子にもちゃんと納得してもらう形で、初めはそう考えていたが、そうして傍で時間を引き延ばすほど逆に彼を苦しめてしまっているのかもしれなかった。今は憎まれても、こんな中古おじさんのことなんて会わなくなればじきに忘れてしまうだろう、だから離れた方がいい、明日と言わずすぐにでも。
「……――、」
熱い目尻をそっと指先に押さえると、男は自らが重ねた齢に付き合って年季の入ったグラサンを外した。半纏の袂にレンズを拭き、折り畳んだそれをしまうと反対側の袂からもう一組、別のグラサンを取り出す。蔓を伸ばし、男はグラサンその2を恭しく耳に装着した。
「……。」
生い茂る松の枝の下で、男はしばし、薄墨の景色の中に明かりの滲む世界を脳裏に焼き付けた。鼻を啜ると踵を返し、池のほとりにくたびれた半纏の猫背を向ける。
(……ああ、俺は泣いているのか、)
どおりで踏み出した最初の一歩にがくりと力が入らない、
(――?)
しかし、あとはコマ送りの動画のように意思に反して膝からもつれた男の身体が湿った土の上に転がった。頭の底に急速に冷たく固く縮んだ意識は薄れていく。灼けて締め付けられた喉は開かない。
「……、」
今際に何を思ってか、掻き毟る地面に苔を食む男の髭面がうっすらと歪んだ。


+++