特効薬
――バタン。
荒々しく部室のドアを閉め、菊丸が帰って来た。不二が言葉を発する間もなく、彼は椅子に、これまた荒々しく腰かけた。
「………」
――部活が終わった後、英二を呼びとめてた男子生徒が居たっけ。
何があったのかはわからないけれど、珍しく相当苛立っているらしい。もう部室には誰も居ないからなのか隠そうともしない菊丸から発される怒りが、離れている不二の肌をちくちくと刺す。
「……えーじ?」
「………………ん」
無視されなかったことに勇気を得て、傍に寄った。
「どうしたの」
「……………別に」
問いかけによりイライラの原因を思い出させてしまったようで、声が輪をかけて低くなる。
言葉をかけても何の効果もないようだった。意を決して隣に座り、菊丸の頬に口付ける。こちらを向いたその額にも、赤い唇にも。
「…やめろ」
突き放されるかと思いきや、意外に柔らかい拒絶だった。構わずに、甘やかすように唇を寄せるが、肩をぐっと押し返される。
「…だめだ不二、今は構わないで。不二にまで当たっちゃうから」
感情を持て余し、困りきった声だった。そんな菊丸の視界の端で、不二がふんわりと微笑む。
「いいよ。それできみが少しでも楽になれるのなら、喜んで」
一瞬びっくりしたように見開かれた目が、苦笑に細まった。
「…不二って時々ばかだよね。お人好しで……底なしに優しいやつ」
抱き寄せられて、菊丸の胸に顔をうずめ、目を閉じる。
不二がいるだけで、機嫌も怪我も病気さえも治ってしまうような気がした自分が、あまりに単純でおかしくて菊丸が笑う。
「不二はオレの特効薬だな」
その唇で、すべてを癒やして。
-END-
(あとがき→)