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優しい心中を模索する・前編

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「俺な、もうすぐ消えるみたいだ」

 その瞬間のスペインの顔を見て、やっぱりこいつに言うべきではなかったと俺は早々に後悔した。


「……は、は。何言うとんの、ロマーノ。冗談でもそんなこと言うたらあかんでえ」
 分かりやすい作り笑顔に思った通りの反応。ため息を吐いた。分かってるくせに。分かりたくないだけのくせに。
 ああ誰々が弱ってるなもうすぐ××そうだな、なんて、そんなことまで分かっちゃう俺達って難儀だよな。国勢が新聞やニュースの中でどれだけの面積と時間を割かれてると思ってる。
「冗談じゃねえよ」
 切って捨てるように言ってやると、スペインの顔色がみるみる変わっていった。
「ほんまか」
「……ああ」
「イタちゃんがふさぎ込んどったのもそのせいか」
「そうかもな」
「何で」
 言いながらスペインはどんどん俺に詰め寄ってきて、ついに俺の肩を掴んだ。
「……何でロマーノが、……って分かるん。……もしかしたら、ロマーノやないかも」
「……理由は無えけど分かるんだよ」
 最低な質問だが、スペイン自身だって最低だと分かっているだろう。その問いに、俺は首を横に振って嘘を吐いた。
 実は最近じいちゃんの夢をよく見ていた。ごめんなと眉毛を八の字に垂らした申し訳無さそうな笑顔で俺の頭を撫でるじいちゃん。そんなじいちゃんに手を握られた所で覚める夢を、繰り返し。ヴェネチアーノにもじいちゃんの夢を見るそうだ。ただ、そのじいちゃんはヴェネチアーノには決して触れないらしい。少し離れた所にいて、ただ謝るのだそうだ。ヴェネチアーノが泣きながら教えてくれた。だから俺は俺がいなくなるのだと思っている。
 こんなことをスペインに言ったら、スペインはぴかぴかの斧を取り出してきて「ローマを倒す」ぐらいのことを言い出しかねない。もしかしたら本当に何かやらかすかもしれない。ああ、そんな所が好きだった。そんな所も、好きだった。
 だった、って過去形になっちまうんだぜ、と笑おうとして失敗した。
 絶対に目を逸らすまいと思っていたのに、スペインの目を見ていられなくなって、俺は俯いた。
「分かるんだ。とにかく、俺なんだって」
 俺の言葉はスペインが俺の手を握ってきたことで途切れた。顔を上げると、まるで睨むような表情をしたスペインがいた。
「行くで」
 どこに、なんて聞く気も起きなかった。きっとスペインだって分かっていない。





「……スペイン、もう止めよう」
「……」
 無言のスペインに腕を引かれるまま、どのぐらいの上司や国に会っただろう。行く先々でいい話がもらえる訳もなく、駄々をこねているようにしか見えないスペインは痛々しくすらあった。
「無理だな」
 最後だからと押し切られて訪ねたフランスの家で、やっぱりフランスはそう言った。
「そりゃお前、死なない方法を探してるのと同じだぜ」
「……せやかて」
「分かれよ、スペイン」
 目の前のテーブルに置かれたカフェオレの匂いも色も、今ばかりは褪せて見えた。フランスが手ずから作ったそれは味だって上等に違いないが、誰も口をつけることもないまま、カップからはもう湯気も上らなくなっていた。
「ごめんなロマーノ、なるべく気を悪くしないでくれよ」
「……いや、いい」
「何でロマまでそないなこと言うん! まだ分からへんやん! 何か、何か……」
「分かってないのはお前だよ。分かってるだろ。俺達が」
 そう前置きしたフランスが自分のカフェオレに口をつけ、カップを置く動作はいやに長く感じられた。
「俺達が、今までいくつの国を呑み込んできたと思ってる」
 スペインがぎゅっと唇を引き結んだ。俺はフランスが俺達を見る視線を受けとめきれずに俯いた。
 支配されようと従属させられようと、形が残っていたのは幸いだった。支配されて、独立果たさずそのまま溶けてなくなってしまった俺達なんて星の数ほどいる。支配ですらなかったことだってあるのだ。一緒に生きようということは緩やかな自殺のはじまりだった。分かたれたイタリアの統一が今回の原因かどうかは知らないが。
 そして俺とスペインの繋ぎ始めは支配だった。
「お前がロマーノを殺した可能性だってあった」
「フランス!!」
 叫んだのは俺だった。考えようとしなかったその事実に躊躇なく切り込んでくるフランスを今までとは全く違う意味で恐ろしいと感じた。その言葉にこの場で一番激昂するだろうスペインはしかし、何も言わなかった。その代わりにがたたんと椅子を鳴らして立ち上がり、無言でフランスを見下ろした。フランスも首を上げてスペインを見た。
 先に目を逸らしたのはスペインだった。椅子に掛けた上着を取る腕も荒々しく、あっという間に部屋を出て行った。
「スペイン! ……フランス!」
 スペインを追いかけようとしたけどここはフランスの家で、スペインに続いて俺まで挨拶も無しにここを飛び出すことは躊躇われた。俺が開かれたドアとフランスの間で立ち往生していると、フランスがひらりと手を振って言った。
「心配するな。これで壊れるほど俺達の付き合い短くないから」
「……でも」
「いいから」
「……分かった」
 結局フランスの言葉に甘えることにして、俺も急いで上着を取り袖を通した。
「ロマーノ」
 俺はフランスの方を向いた。フランスは座ったまま、ゆるりと笑みを浮かべて言った。
「お兄さんの胸で泣いていかない?」
 俺はその人となりを好くことは出来なかったが、多分フランスは優しい。そしてきっと、スペインより慰め方というものを心得ている。
 でもフランスは。
 いつも通りに口汚く罵ろうとして、止めた。
「……ごめん。俺、行かなきゃ。いや、行きたい」
 それでもフランスはスペインではないのだ。
 そう言うと思ったよと言ってちいさく笑ったフランスに短く別れの挨拶をして、俺はスペインの後を追って部屋を飛び出した。
 その後、カフェオレを飲み干したフランスが飛びっきりのワインを取り出してきて開封したことを俺は知らない。フランスが一人でグラスを傾けながら悪友とその恋人の幸(さち)を願っていたことなど、俺には知る由も無かった。


(後編へ続く)