小春日和
部誌をつける幸村の手は酷くゆっくりで、しかし怠慢には見えない。
真田は寒いから早く帰ろう、などとは言い出せず、ぼーっと幸村を眺めていた。
日付と天気、欠席者、今日の練習メニューはもう書き終えていて、あとは自由記述欄を埋めればいいだけである。
いつもの幸村なら、適当に気付いたことをさっと書いて終わるのだが、何を迷っているのだろうか。
「今日は…」
不意に幸村が声を出した。
顔をあげ、真田を見ている。
「書くことがないんだ。どうしよう」
今日はいつも通りの普通の練習で、特筆すべきことは無かった。
しかし、書くことがないことはないだろう。
「思ったことを書けばいい」
「書けないよ」
幸村はまた、真剣な顔で部誌に向かった。
「今日は真田しか見てなかったから」
頬杖をつき、ペンを回す。
「真田、今日はなんだか格好よくて」
「そ、そうか」
「走ってる時に髪が揺れてたこととか、サーブ練の時にジャージの裾が捲れて背中が見えたこととか、そういうのしか覚えてない」
二人は同時に溜め息を吐いた。
幸村は真剣に悩んでいるようだが、真田は幸村をどう説得し、何か書かせて帰らせるかを考えていた。
「俺が書いておくから、お前は着替えてこい。あまり遅くなるといけない」
幸村は微笑すると、素直にロッカーに向かった。
真田は今日の練習を思い出し、何を書こうか考えた。
「む…」
しかし、真田も今日の練習中の幸村のことしか思い浮かばない。
「今日は可笑しな日だな」
「書けたの?」
顔を上げると、制服に着替え終えた幸村が立っていた。
「あ、ああ」
真田は大急ぎで一行書いた。
神経質そうな細い字が並ぶ一番下に、太く立派な字で。
「『小春日和のいい日だった』?」
「こんな天気だったから、頭が浮かれていたのだろう。俺もお前も」
なにそれ?と幸村は声をあげて笑った。
真田は部誌を閉じ、床に置いていたカバンを取ると、幸村に並んで部室を出た。
-END-
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