capsule*
ただ今回はどんな顔をしたらイイか迷う。
「飲もうよコッシー」
練習の合間、それもタオルを手に取るわずかな隙間。ジーノがアイサツ以外を今日はじめてかけてくる。
いつも通りの顔で。
「メシ食った後連絡する、でいいか」
汗を拭きながら。
「さすが。女の子と食べる約束してたよ。連絡するね。遅くならないから」
コーチの声に走り出す。
先に着くとか自分らしく無い。ジーノは酒を口に含む。
「ふぅ」
コッシーがね。と唇だけ動かして。
見逃した感は無いものの、抜け駆けはされた気がする。これが飼い犬なら明るくねちねちイジメられたのに。
「バッキーには無理かな」
なら自分はいけるのかと続いて考えかけて、グラスが2cmほど手から滑った。確かに監督はカワイイけどきっと自分のターゲットではない。
掴み直して酒を飲み干す。新しいグラスを受け取った時外に通じるドアが開いた。
キャラが違うから気にしないけど、いつも村越の事は尊敬してるしそのヴィジュアルもかなりかと思う。本気で、ざっくり分けでもヒトとして同じチームにならなくて良かった。
じゃあカレの攻略は厳しいのかもね。
明らかに自分が来た時より感嘆付がチャラく無い、少し揺れる空気。
「言いたければ言え。ダメだとかどうしてそんなこととか」
「コッシーが聞いて欲しい感じだよ」
「ジーノしか気づいてないってのに」
「友達おもいだからねボクは。それでいつから?」
ジーノといる楽で、だから村越は話を続ける気にいつもなる。額の辺りに溜まるモノが消える気がして。
「しかし何で気づくんだまったく」
「戻るの止めよう。カレを待ってたの?コッシーは」
「消化したつもりだった。ヤツの顔を見るまではな」
「変わってなかったし、記憶よりずっとキレイだった」
村越はジーノの好きな笑い方をするから、ジーノは安心することにした。最初から特に不安もなかったが。
「キレイかあれが」
言ってからあっという顔を村越はする。
「そう言うと自分のみたいだよ。それか、記憶よりも素敵だったとか聞こえる」
言わせたのに。
だから村越はジーノの顔を見てやるのだけど、彼はいつだって掴みどころがない。
笑う顔。気づいてもらえて自分はほっとしていると村越は思う。
「恋って楽しくないとダメだけどね。コッシーは笑ってないしたっつみーは後藤さんのだ」
「そうだな」
答えてからいつもそれに付いてくる痛みを感じた。わざとジーノがこう訊いてくるのも、そのやさしさも受け取りながら。
「コッシーのことだからきっと、順序良く行ったんじゃない?例えばたっつみーに訊くところから」
仕方がないから村越はデコラティヴに盛られた野菜をかじる。薄紫の蕪をひとつ。
「タツミさんに訊いた。あんたは後藤さんの女かって」
「そりゃぁイイ」
「笑うな」
「無理だよ。たっつみーはなんて?」
「それをネタに追い出せるタイミングは過ぎてる、って。俺がそんなことをすると取ったらしい」
「ああ残念だねコッシー」
「いろんな意味でそうだな」
「好きな子をついいじめちゃうなんてホントにがっかりな性格なんだから」
「…すきな、子?」
思わずジーノの顔を見てしまう。当たり前の話をする人がする表情しかなかったけれど。
「寝たんだよね。ちゃんとアイしてあげた。少なくともボクの知ってるコッシーは恋愛感情無しにセックス出来無い」
「俺より詳しいな」
「コッシーもボクの知らないところを知ってるだろうからね」
「やめたらいいだけだ。俺が引けばタツミさんは後藤さんと何もなく過ごせるだろうしすべて収まる」
「取りに行かないの?タダイマとかたっつみーは言ったのかな」
「ジーノ」
「なんか頼まれるとこ?ちょっとだけボクのほうを見るようにでもしようか?若いほうがイイよってプレゼン」
「おいジーノ」
「なんでいつでも何でも難しく考えるんだろうね。特に好きな子については何も考えないほうがいいのに」
「人の女なら考えざるを得ないだろ。それも相手は―――」
「上司」
最初から我慢なんかしていないけれど、堪えきれずにジーノは盛大に笑い出す。
「GMが命がけで連れ帰った監督が、コッシーが恋焦がれてた人だったなんて最高だね」
重たく話そうとするのに上手くいかなくなる。いつもジーノのせいでつらい事をそれ以上痛くできない。敵にしたくないキャラだ。
「セリエであっただろうが去年。監督と選手が…で、騒ぎになって解任されたってのが」
「イタリアって変わった国だよね。デザイナーとかアーティストはイイのにサッカーだとダメとか面白い」
「半分お前の国だろ」
「国籍こっちだよボクは」
「知ってる」
「日本じゃハーフってだけでいじめられるのに。この顔でどんなに苦労したか」
「黙れ」
「相手を不幸にするとかは恋じゃない。そんな人と寝ても楽しくないよ」
「分かってる」
「でも、罪って美味しい」
「ジーノお前」
「コッシーはそろそろ、ちゃんとしたご褒美を神様から貰うべきだと思うよ」
「褒美だって?」
「一度諦めた人が最上の状態で目の前にいる。迷ってる理由が解んない」
「あっちは監督で、こっちはただの選手なんだぞ」
それも終わりが見えてると言うのは止めた。傷が多くなる。
「日本人の大好きな序列の話かな。でも欲しいよね」
「不幸にするなって言ったのはジーノだ」
「誰でも言うよ。これはデフォルトだから。それにたっつみーは完全に後藤さんのだって決まってない。コッシーはもうシアワセ見つけなきゃ」
「何けしかけてるんだ一体」
「コッシーが本気でいかないなら、ボクが行こうかな」
酷薄に見える。女なら何処かがおかしくなりそうな。脱ぎたくなるとか。
「―――ヤツはビッチだからな。いけるだろ」
アスリートだったのを忘れるような細さと、女がする笑いかた。
「そんなことをコッシーに言わせたくないんだよ。いかないから安心して。たっつみーはキレイだし可愛いけど好みじゃない」
「本当ならいいけどな」
「コッシー次第だね」