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お酒は二十歳になってから

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「なんですか、それ」
 上から降ってきた声に反射的に顔を上げると、ほんのすぐ近くに幸村の顔が合った。もう少し背伸びをすれば触れてしまいそうな距離に、慌てて顔を元の位置に戻す。
「手紙じゃ、手紙。小十郎から」
「ああ、ご実家からですか」
 幸村はすぐに興味を無くしたらしく、さっさと離れて向かい側のソファーに座った。手には缶チューハイ、髪は風呂上がりで湿ったまま、へたりと額にかかっている。今にもしずくの落ちそうなそれを肩に掛けたタオルで拭く様子もなく、なんとなく付けっ放しにしていたテレビに見入り始めた。見かねて口を挟む。
「早く乾かさんと風邪ひくぞ」
「…ん、あ、それもそうですね」
 テレビでやっていたのは、コンビニ商品のみで作れる一人88円のディナー特集。ぱっと見ただけだからよく分からないが、大して美味そうにも見えないそれを芸人が大袈裟なリアクションとともに頬張っていた。
(何が面白いんだか)
 飲みかけのチューハイをテーブルに置いて、幸村はようやくタオルで髪を拭き始めた。…がしがしと。実に雑に。
「そんな力任せにやったら髪が傷むじゃろうが!」
「別に気を使うものでもありませんし。まぁいいじゃないですか」
 1年近く一緒に暮らして初めて分かったことだが、幸村は意外とやることなすこと大雑把だ。主に自分に対して。お前O型じゃろう、よく分かりましたね、なんて会話を交わしたのはいつだったか。
 思わず握り締めてくしゃくしゃになった手紙をテーブルに放り投げ、速足で幸村の背にまわり込むとそのタオルを奪い取った。
「もう貸せ!というか前買ってやったマイクロファイバータオルはどうしたのじゃ!」
「…タンスの奥?」
「馬鹿め!!」
 口調とは裏腹に、意識して丁寧に手を動かす。根元から毛先に向かって、とんとんと叩くようにしながら水気を吸い取ってゆくと、湿って重たくなっていた髪が次第にふわふわとしていくのが分かった。
「ほれみろ、枝毛じゃ」
「ですねぇ」
「…心底どうでもいいと思っておるじゃろお前」
「わりと」
「............」
「痛い痛い、髪を引っ張るのはやめて下さい」
 そんな一幕がありながらも、先程の特集番組のスタッフロールが流れる頃には、幸村の髪の毛はほとんど乾いていた。
「お手数掛けました」
「まったくじゃ」
 ふぅ、と息を突いた途端、テーブルの上に置きっぱなしの飲みかけの缶チューハイが目に入った。
「あっ」
 幸村の咎めるような声を尻目に缶をかすめ取り、一口含む。
「甘っ。酒といってもジュースとほとんど変わらぬのう」
「それ以上は駄目ですよ、お酒弱いんですから。そもそも政宗殿はまだ未成年でしょう」
 カシスの写真の上にアルコール2%と書かれた缶を、幸村が手を伸ばしてさっと取り戻してしまった。しかし特に未練もないので文句を口にする気はない。
 代わりに湿ったタオルを床に落とし、ソファー越しに幸村の首に両腕を回す。しなやかな肩に顔を埋めると、漂ってきた自分と同じ匂いに、自然と口元が緩んだ。
「行儀が悪いですよ。あと重いです」
「何を言うか。これくらい文句のひとつも言わずに耐えてみせよ」
「なんだか酔っ払いみたいですよ、政宗殿」
 幸村は諦めたのか少し笑って、手を伸ばしてくる。
「どうせなら前に来てもらえませんか。この体勢だと肩が辛いです」
「嫌じゃ」
 大きい手のひらが宥めるように頭を撫でた。ふと、思いつく。
「なぁ、さっきのテレビ、随分熱心に見ておったよな」
「え?…熱心かどうかは分かりませんが、見ていましたね」
「…食べたいのか」
「いいえ?…さっき調理していたのがグラビア出身だかの素人で、途中でボウルを落としかけたり包丁を持ったまま歩き回ったり、危なっかしかったのですよ。政宗殿ならもっと手際よく早く作れるんだろうな、と思って見ていただけなので」
「なんじゃ、そうか」
「ところで明日のお弁当の献立は何ですか?」
「からあげじゃ」
作品名:お酒は二十歳になってから 作家名:海斗