お暇頂きます
「できるかっつーの、もう向こうも動いてるだろ」
「そちらに割く人員も減らしてやりたいくらいなのに、何で私まで出なきゃならんのだ」
「ご指名なんだから仕方ないだろ」
何だか珍しく緊迫した空気に、オレはかじり付かざるを得なかった机から書類越しに視線を投げた。
一番上座にある直の上司は本日は執務室ではなく、司令室の方の席に着いている。執務室にいてもひっきりなしに人がやってくるので面倒になったらしい。
それもその筈。怒濤のゴタゴタを片付けたかと思ったら、次は毎度恒例、ゴタゴタゴタがやってきただけだ。暖かくなってくると増えて困る。変なのが。
切れ目なく人の行き交う司令室内での上司ズ(片方は中央より出向中)のやり取りは、どちらも引く気配はないが、まだ話している調子は静かなので気付いている者は少ないだろうが。
若くして結構な地位に陣取る曲者上司2人が机越し顔突き合わせ遠慮なくぶーたれあっているサマはいまいち端から見てアレな構図なので、できれば早々に止めて頂きたい。のだが。
「くだらん。一々そんなご指名受けてひょいひょい出向いていてみろ。身体がいくつあってもたらん」
「あーそうかい。人気者は大変だねぇ。道行く女史だけでなく脂ぎったおっさんにまで引く手あまたで大変だとは。さすがだねぇオレには真似出来ねぇ芸当だからなぁ」
「存分に羨ましがっていただいて結構だ。何なら1人や2人や4人、懇切丁寧なお声掛けしてきてくださるありがたい皆々様に、私に代わってご挨拶申し上げてきてくれ」
「いやいや、ロイちゃんのお顔が見れないのは嫌だわって追い返されちゃうのがオチだからご遠慮させていただくぜ」
「まぁそう言わずに行ってこい。そういうのを笑顔でかわすのは十八番だろうヒューズ中佐」
「いやいやいや、マスタング大佐殿ほどには厚く出来ておりませんね、面の皮」
「そんなに謙遜せずとも良いぞ」
うふふふふふ・・・!
とか何とか至近距離に笑顔を寄せ合う佐官2人の方面からは、物凄く物凄く嫌なオーラが出ている。
うわぁ近寄りたくねぇ。
魔境だ。
あそこは魔境に違いない。
近寄りたくない。むしろ、近寄れない。この場の誰でもそう思ってるに違いない。
…むしろ、繰り返ししつこいラブコール送ってくるおっさんの前でアレやったら、ちょっとはお誘いが減るんではなかろうか。
・・・ああ、そうか。アレだけもめてんのに何か皆顔を上げないのって、絶っっっっ対お近づきになりたくない!の1点からか。
正面に座っているのが中尉だから気付かなかったが、どうも周りの面々がもぞもぞしていたので遅ればせながらそこに気付く。
確かにあの魔境から来襲した似たもの同士の間になぞ挟まれたいわけがない。絡まれたら終わりだ。何せ頭の回転口の滑りその他色んな余分なものが揃ってる分、その辺の酔っ払いややくざな皆様より数倍たちが悪い。
しかしなんとなく怖いもの見たさの真理からか、視線が外せなくなってからどのくらい経ったか。嫌な笑顔で角付き合わせていた2人が、ふと同時に真顔に戻った。
「いつまでもだだこねてんじゃねぇよ。お前いくつだ」
「確かお前と同期だったはずだが」
「25だっけ」
「そうだな」
「んなワケないでしょ。つかそこでサバよむ意味があるんですか」
「少尉、問題はそこじゃないわ」
物凄いナチュラルにつっこんでしまった自分と中尉が、しまった、引っ掛かったと思う間もなく。
このくそ忙しい中、遊び相手絶賛募集中だった嫌な上司2人が、にんまり笑いながら同時に振り向いた。
あの、ほんともう仕事してくださいさせてくださいというかむしろ逃がしてくださいマジで。