拍手お礼文より
窓際の、ゆるやかなおうとつに腰をかけたイギリスのようすを、ドイツはどこか背徳なおもいでみつめていた。男はまだ自分にきづいていないようである。ふるい床板が軋む音さえ立てないようにして、すこし踏み込む。ドアの隙間からそうとのぞいた男のすがた。ふだんは見せることのない、おだやかな表情の、その横顔のうつくしいさまがドイツの呼吸すらうばってしまう。男は指で挟んでいた煙草を、また口にくわえた。歯と歯の隙間、赤くひかるたばこの先から細い煙が二条流れ、男の頭上でひとつとまざりあって消えてゆく。
男は、そういうことを長く続けていた。窓から入ってくる光の粒にてらされて、おとこの横顔が白くうつしだされる。とたんに喉の奥が熱くおもわれて、ふと吐いた息をまた吸う。幾度かくりかえす。するととつぜん、まるで気配をかんじとったように男の瞳が開いた。あわてて気配を殺す。ちらと一瞬こちらに目をやって、またなにごともなかったように男は窓のほうへと視点をうつした。そうしてはたと思い出す。そうだ、窓の外では彼の手によって育てられた、彼の愛する薔薇が大輪咲いているのだろう。ドイツが男の庭を見ることは、あまりない。男は窓の外、そのわずかに下のあたりをぼんやりと見やったまま、腰のホルスターに手をかけた。ぬらぬらと黒くひかるショットガン。弾倉に弾を装填する。そうして感触をたしかめるようにほそい指が銃床を撫でた。ぼうと、古びた照明に照らされたショットガンを、ちらちらと角度を変えて見つめる男の獣のような鋭い瞳。そうかとおもうと、その鋭さとはまるで反対の淡いいろの瞳に銃口を向けては気が狂ったようにくつくつと喉を鳴らせて笑っている。……ああ、あのひとは、いま、おれを撃つことすらままならないのだ。なぜだか、そういうふうに思った。彼が自分を撃つなどありえないはずだのに、考え始めるとなぜだか急に現実味を帯びてくる。背のほうで妙に、ぞっとつめたい感覚があった。するとふいに、銃を握った男の手がこちらを向く。顔は窓のほうにやったままだ。引き金に手をかける。どうして。まるで錯覚のように目の前が揺れた。そうして、バアン、一弾、爆ぜる。一筋の煙とともに、ドアに穴が開いている。それをスローモーションで見ながら、身体がずるりと崩れ落ちる感覚をおぼえる。撃たれた。ドアの穴から見た男の表情は、おだやかにわらっていた。
……はっとして、目が覚めた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。手がふるえている。夢か。ふとつぶやいた声もまた、震えていた。ばかばかしい、思えばそんなこと、夢でなければありえないじゃないか、そう思って少し笑った。ずいぶん声が乾いている。ずるずるとシーツを引きずったまま、震える手をおさえつけて隣のイギリスの部屋へ赴く。ドアがすこし、開かれている。まさか、一瞬脳裏によぎる、夢のビジョン。喉の奥が熱い。その隙間から覗き見る。いいやこれは夢だ、夢のつづきだ。また、息が震えた。男は窓際のおうとつに腰をかけて、銃をにぎっていた。