青エク集
メリット(燐雪)
「あっ、に、兄さんっ!そ、そこはっ・・・」
「いいじゃねぇかよー俺ら仲良し兄弟なんだし?」
「あ、で、でもっでもっ!」
「でも、何?」
「でもっ!・・・奥村くん」
「は?何改まって先生になってんだよ?いつもみたく、お前のその声で兄さん、て呼んでくれよ。」
「・・・奥村くん」
「だーかーらーっ」
「・・・奥村くん、何がだから、何ですか?また居眠りですか、いい度胸ですね。」
甘えたような声でなく、そんな、まるでシベリアにいるかのような錯覚を起こすかの如く、心底凍るような声をかけられ燐は我に返った。
持っていたはずの教本は既に燐の手を挟むように閉じられていた。
・・・そういえば授業中・・・。
気付けば目の前にメガネが反射して目の表情が見えない雪男。
「あ、ドS降臨・・・」
「・・・。」
“りん、なにしてるんだ?めずらしいね、つくえでなんかしてるのって。あそばないの?”
「クロ、何気に失礼なんだからな、今の。あーちょっとな、今は遊べない。」
“じゃあちょっとおれ、さんぽしてくる”
「おー、ご飯までにはもどれよー。」
“うん”
クロが出て行ったのを羨ましげに見つめた後、また机に向かう。
「くそっ。あのメガネめ!ちょっと居眠っただけじゃねーか、何もこんなに課題出さなくたって!」
「何が、ちょっと居眠っただけ、だよ。何度見たか分からないよ、兄さんの居眠り。」
「・・・あれ?いたの・・・?」
部屋に入ってきた雪男を、燐は椅子に座ったまま首を後ろにして、気まり悪げに見た。
雪男はため息をついて首をふりつつ自分も机に向かった。
「おい、何だよ今の態度。なんかものすごくバカにされた気分なんだけど?」
「気分、じゃなくてバカにしたんだよ、兄さん。居眠りとか・・・、それにそんな課題くらい、たまには真面目にこなしたらどうなの?」
「ぐ・・・。」
心底呆れたように言う雪男に言い返したいが、何も言い返せる材料がなかった。
真面目に、か。
だって難しいんだよなーやる気なんて出るかよ・・・て、そうだ。
燐はニヤリ、と笑って立ち上がり、雪男に近づいた。
「何?兄さん。」
「ほら、俺って調子乗りじゃん?」
「ああ、そうだね。」
「・・・。だ、だからさーこう、集中するにはやっぱそれなりのメリットが欲しいわけよ。そうすれば頑張れる。」
「・・・は・・・?罰として出してる、あと兄さんに少しでも身について欲しいと思って出してる課題に、メリットが欲しい、だって?」
「え?あはは、まぁそうなんだけどさー、難しすぎて、やる気出ねぇ。」
テヘ、とでも聞こえてきそうな感じで燐が言った。
雪男は頭をかかえる。
「これでも難しいとか・・・もう兄さんに分かるような内容、これ以上どうすればいいか分からない。まったく胃が痛いよ。」
「ぐ・・・。そ、そう言うなよなー。だからさーメリット、くれ。」
「くれって・・・。何言ってんだよ。」
「ん?だってお前からしかもらえない。」
「って、何?」
何を言ってるのか皆目分からない、といった風な雪男に、燐はニッコリとほほ笑んだ。
「お前の可愛い声が聞きたい。」
「っは!?」
「俺のことで頭いっぱいになって、“兄さん、兄さん”っつってるお前が聞きたい、見たいんだよ。」
「え、ちょ・・・」
「その欲求満たしたら俺、マジちゃんとするからさー、な?雪男。」
「な?って言われても・・・って、ちょ、ちょっと待ってっ」
「悪り、待てねぇ。」
普段の、冷静でほんのり(たまにド)Sな雪男がこうやって焦って赤くなる、この瞬間が好きだ。
そして、もう、ムリ、我慢できない。
燐はそう思いながら手を伸ばした。