ほっとみるくく【抜粋】
遊馬崎と折原の会話。
臨也はメイド喫茶の中で「どうしてこんな所に来ないといけないんだ」と鬱々と思っていた。相手を考えれば普通なのだろうか。指定された場所に心当たりがなかった時に「俺が知らないなんてあるわけない」と意地を張ったのが不味かった。新しく出来たメイド喫茶は小奇麗で店員のレベルもそこそこ。
(ある種の拷問……いや、気後れしてるからだな)
気にしなければいいと臨也は頭の中を切り替える。
短いスカートや接客のテンションが気になるわけではない。気になったのは客層だった。
(んー、縁がない)
分かりやすく『おたく』と言える人種がこれほど暑苦しく集まるのは興味深いが面白くはない。どうでもいいと思った。
「遅くなりました」
目の前に座った遊馬崎が慣れたようにオムライスを注文する。食べる気も飲む気もないテーブルの上のレトルトのカレーとオレンジジュース。遊馬崎は臨也の品物を一瞥して「折原さんはマニアックですね」と笑うでもなく淡々と口にした。どういう意味か分からない。
「大丈夫っす。俺は協力するつもりはありませんけど差別するつもりもありませんから」
「何を……、いいや、ここから出るか?」
「何の話もしてないじゃないですか。今時は残念なイケメンブームなのか顔がよくて身だしなみに気を遣っているのに趣味がえげつない人が人気あったりしますよ」
「手の届かない存在を貶めて遊んでるってところか」
「実際、顔も頭もよくて二次元にしか興味がないと『もったいない』扱いされるのが世の中っす。三次元はもっと頑張って二次元への移行を考えるべきですね」
「そんな平面好きか」
「この『二次元』は厳密な一次元、二次元の次元じゃなく『アニメや漫画や小説やゲームの世界』って意味っす。基本ですよ」
「あー、ありがとう」
丁寧な遊馬崎に対して臨也は若干遠い目をして相槌を打つ。『おたく』の常識など知ったことではなかった。
「折原さんは聖なる闘士でギリシャ神話に入るってよりも、ギリシャ神話や星座のネタがあるから興味を持つ、ある意味では正統派な方っすよね?」
「聖なる……あ、星座の名前の武器使ってる奴か。今もやってるんだよな。知らなかった。オールカラー本買ったよ」
「迷うことなく原作者側だけとは……普通に女性作家のもGも面白いですよ。時間がないならOVAからでもいい。Gは特典が付きますから常に複数買い、雑誌も複数買い!」
「そんなに百人兄弟の話がしたいの?」
「いえ、話がしたいのはもちろん『帝人君』のことっす」
「当然、そうじゃなきゃわざわざ待ってないよ」
「決着つけないといけません」
遊馬崎に目が鋭くなる。元々細いが。
臨也の顔から笑みが消える。疲れたので。
「絶対、俺の最強の『帝人君』のが強い」
「昨日、俺の『天使☆みかど』に負けたじゃないっすか」
「チートだろ。一昨日とのレベル差なんだよ」
「俺の睡眠時間と休憩時間と諸々全ての時間とアイテムを注ぎ込んだ魔法竜戦士『天使☆みかど』をチートなんて一言で片づけないで下さい。折原さんこそマクロなプログラム組んでチートしてるでしょ」
「加速装置も連打もチートじゃない!」
「話しかけられてて無視してるんじゃなくって席外しても経験値稼ぐようにプログラム組むならチートっすよ」
「俺の『帝人君』は照れ屋さんなんだよ」
「ダメっす。チートはギルドから抜けてもらいます」
「ギルドからは抜けるけど俺が鍛えた『帝人君』は俺のだ」
「でも悪質ユーザーって投書が増えたらギルドの後ろ盾がないとアカウント削除は確実っす」
「全力で俺を庇ってよ」
「ワガママ言ってるっすよぉ」
二人が話しているのはネットのオンラインゲームの話だ。
「俺達『帝人君育成会』じゃないか」
「人それぞれやり方がありますけど折原さんはやりすぎっす。なんだって、全パラメーターを最大限まで上げてごてごてさせてるんすか」
「はあ? 普通だろ」
「普通じゃないっす。選んだ職業のせいでパラメーターは偏るんすよ。それが面白いんじゃないんすか」
「だって、遊び人でやったら弱かったんだよ!」
「それは……、MP消費しない特技とか多技能なところで帳消しっすよ。俺は魔法使いと剣士の複合型の最上級職っすけど防御力低いっす。魔法も物理も攻撃は最大っすけど物理防御がちょっと紙。防具とアイテムでなんとか底上げてるっすけど」
「いいじゃん。一撃必殺決めて、相手は即死。自己回復アイテムあるから仮に攻撃受けても一回耐えればOK」
「ありがとうございます。俺の『天使☆みかど』が最強ということでいいんすね」
「なに勝手に決めてるんだよ」
臨也が乱暴にテーブルに手を置く。見越したようにメイドが「ご主人様、オムライスどうぞ召し上がれ~」と持ってきた。どうせ冷凍のチキンライスをフライパンで炒めた物だろう。たいしたことはない。
作品名:ほっとみるくく【抜粋】 作家名:浬@