17cm
ブラウン管工房の前で鉢合わせた助手は俺を睨むように見上げ、挨拶よりも先にそんな恐ろしいことを言った。
「ただでさえ、声だの態度だの、無駄にデカいっていうのに……」
おい、俺を無視するな。
「毎日毎日私を見下ろして、楽しいのか?!」
吐き捨てると、彼女は先に階段を上り始めた。
「楽しいとか楽しくないとか言われてもな。仕方が無いだろう」
階段に足を掛け、小さな背中に溜息混じりに投げ掛ける。
彼女はくるりと振り返った。それはもう、不機嫌そうな顔で。
「あんたばっかり……」
俺ばっかり?
「昨日も、」
昨日?
「帰りに、いきなり」
帰り?
「……あー」
こいつを送っていって。別れ際に、まぁ、なんだ、ちょっと、ちゅっとしたわけだ。
額にだ。額にだぞ。大事なことなので二回言いました。
それ以降ずっとドキドキしていたのだ。さっき彼女に会った直後に睨み付けられたせいで、すっかり忘れていたが。
「もしかして……嫌だったのか?」
少しだけ不安になった。
「そんなわけあるか!そんなわけあるか!」
耳まで真っ赤にして、助手が叫ぶ。
じゃあ一体、なにが不満なんだ。
「それは……。あ」
今度はなんだ。
「岡部!」
勢いよく名前を呼ばれる。反射的に、顔を上げ、気を付けをした。
ちゅっ
「……え」
それは本当に一瞬で。
俺の瞼が一度閉じて、もう一度開く頃には、紅莉栖は階段を駆け上がっていた。
ラボの扉が乱暴に開き、閉じられる。
「……」
瞬きの度、たった今焼き付けられた光景が瞼の裏に浮かび上がる。
相変わらず、髪の毛サラサラだ。
睫毛、長いな。それに、震えてた。
いい匂いだった。香水を使ってるって言ってたな。
「……くちびる、」
やわらかかったな。
「あれーオカリン、どったの?」
「!?」
階段の下から、ダルが不思議そうにこっちを見ている。
「あ、いや、」
見られてはいないはずだ。が、急に恥ずかしくなった。
壁に凭れて溜息混じりに唇をなぞるなんて、俺は恋する乙女か!
よろよろと階段を下りる。ダルは道を空けてくれた。
「なんかあったん?」
ダルが顔を覗き込んでくる。いつもならスルーするくせに。
「……俺は、狂気のマッドサイエンティストだ」
「……はぁ」
そうだ、マッドサイエンティストなんだ。だから、
「ドクペ買ってくる」
ダルの肩をポンと叩いて、俺は少し遠くにある自販機を目指して歩き出した。