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TATINEKO RONGI

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「ひとつ問題があってね、シズちゃん」
「その呼び方やめろ」
 お決まりのやり取りの後、煙草の煙を吐き出した平和島静雄は、何かを探すように視線を左右に彷徨わせた。折原臨也は黙って今しがた飲み終わったビールの空き缶を静雄の前に押しやる。煙草を吸わない臨也の部屋には灰皿の用意などなく、かと言って床に灰を落とされてもたまらない。
 静雄は缶の小さな穴へと、器用に煙草の灰を落とした。短くなった煙草をまた銜える。指ばかりが長い掌が口元を覆うその所作を、女はセクシーだと騒ぐのだ。
 臨也は残念な事に男だったので、シズちゃん手ぇでかいなぁ、としか思わなかった。骨張ってるから殴られたら痛いのか、とも思った。これまで、静雄に与えられたダメージを累積すると、結局全治半年ほどになるのではないかと思われる折原臨也は、残念なことに現実的な男だった。もちろん、ロマンチストでもない。
 なので、声にする台詞も実に現実的なことだった。
「上か下かっていう問題が」
「タチかネコかってことか」
 さらりと寄越された確認に、臨也は一瞬声を無くした。いや別にシズちゃんに夢見てたわけじゃないけどさ、何というか、
「ごめんちょっと引いたよシズちゃん。じつはそっちの業界の人だったん、」
 瞬間、臨也の顔の脇を何かがものすごい勢いで飛んでいった。背後の壁にカーンと高い音を立てて跳ね返ったのは、灰皿代わりに静雄に提供した空き缶だ。こぼれた灰が宙を舞う。
「殺すぞ」
「……宣言は先にしてくれないと意味ないよ」
「てめぇは俺に殺されるもんと常に覚悟しとけ」
 言うことはこうなのに、灰皿代わりの空き缶を投げてしまった静雄は、長く伸びた煙草の灰を落とすところがなくて困った顔をしている。
 考え無しだなぁ、と笑った臨也にうるせぇ、と吐き捨てて、静雄は苛々と煙草を掌に握り込んだ。
 じゅ、と小さく肉の焦げる音がする。臨也は呆れた顔をしたが、当の静雄は眉一つ動かさなかった。とりあえず目の前から問題を消し去ったことに満足するようだ。
「シズちゃんさぁ」
 立ちあがった臨也は、ガラスのローテーブルを回り込んで静雄の傍に寄った。この部屋にはローテーブルとベッドしか置いていない。それで部屋としての機能は十分だった。ベッドに背中を預けてフローリングに座り込んでいた静雄は、影を作る臨也を見上げ、伸びてくる腕を一瞥する。
「わりと経験豊富? おっかしいな、俺の情報にそんな項目なかったんだけど」
「何の経験だよ」
「男とヤッたことあるのかってこと」
 臨也が耳元で囁くと、うざったそうに振り払われる。笑いながら静雄の肩に腕を回した臨也は、黒いスラックスの上を跨いで膝を突いた。
「その時タチだった? ネコだった?」
「んなわけねーだろ。ねぇよ」
 聞きかじっただけだ、と近づいてくる臨也の顔を追い払おうとした静雄は、逆にその手を取られて顔を顰める。いつまでも握っていた煙草の残がいを床に落としてやりながら、臨也はめげずに静雄の耳に唇を寄せた。
「知識だけ? やり方は分かってるんだろうね?」
「知るか」
「うん、それでこそシズちゃんだよなぁ」
「ああ? どういう意味だてめぇ」
 至近距離で睨まれても臨也は楽しげに笑うだけだ。
「……じゃあシズちゃんがネコかな。あ、下ってことね。やり方知らないなら大人しく抱かれなよ。それとも、リードされながら俺のこと抱きたい?」
「別にいいよ、どっちでも」
 どこか拗ねたように静雄の口調が幼くなる。彼はそわそわしているのだ。早く続きをやれ、と思っているに違いない。
「俺とてめぇがやるってのが重要なんだろ」
「へぇ、情熱的な台詞だね」
「言ってろ。さっさとやって、終わらせて」
 この部屋出ねぇとお前を殺せねぇだろ、などと言う情熱的な唇に、臨也は噛みつくつもりでキスをした。



 *



(確かに、俺もどっちでもよかったんだけどさ)
 熱の籠もった息、汗ばむ肌、声を上げまいと噛みしめられた唇。自分よりも遙かに高い身長に見合わぬ細い身体を組み敷いた臨也は、熱く蠢く静雄を感じながら、目を閉じた。
(こんなに気持ちいいとは正直思ってなかった)
 人間という生き物は本能に忠実だ。(もちろん自分も含め!)
作品名:TATINEKO RONGI 作家名:R.S.