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誓い

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 芥辺探偵事務所の窓ガラスの向こう、外も明るい。
 しかし、季節が違えば夜の景色が見えてもおかしくない時刻である。
 今は夏なのだ。
「はぁ? なにゆーてんのや」
 事務所にアザゼル篤史のいらだっているような声が響いた。
 佐隈りん子は自分のデスクからアザゼルのほうに眼をやる。
 アザゼルは人間のような姿である。芥辺が出かけるまえに、アザゼルを用心棒にするために結界の力を解いたのだ。そして、今、アザゼルはソファに深く腰かけて携帯電話でだれかと話している。
「会いたい会いたいって、なんべん言われたかって、こっちはもう会う気はないねん」
 相手はどうやら女であるらしい。
「……せやから、遊びやってん。しつこォされても、本気にはならんわ」
 しかも、別れ話のようだ。
「悪いけど、もう電話きるで」
 アザゼルは冷淡に告げる。
「二度と、電話、かけて来んとって」
 おそらく一方的にだろう、アザゼルは電話をきった。
 佐隈は口を開く。
「アザゼルさん、ひどいんじゃないんですか」
「なんや、聞いとったんか」
 そう返事をして、アザゼルはソファから立ちあがって佐隈のほうを見た。
 佐隈は堅い表情で見返す。
「聞くつもりがなくても聞こえてきたんです」
「そらせやろな、ワシ、大声でしゃべっとったもんな」
 アザゼルはふっと表情をゆるめ、頭をかいた。
「遊びだったんですか、アザゼルさん」
「ああ、せや」
「だけど、あんなひどい終わらせ方しなくても」
「あんな、さくちゃん、変に期待させるよォなこと、せんほうがええときもあるんやで」
 穏やかに告げたアザゼルが大人に見えた。
 けれども。
「遊びでつき合うのが悪いんじゃないですか」
「ワシ、悪魔やからなァ」
「自分が悪魔だってことを不誠実の言い訳にするんですね」
「……言い訳やゆーたら、たしかに言い訳やけどな」
 ひとりごとのようにアザゼルは言った。
 そして。
「なァ、さくちゃん」
 真っ直ぐに佐隈を見る。怒ってはいない。不満そうでもない。ただ、いつもよりも真剣な様子である。
「さくちゃんも知ってるはずなんやけど、悪魔は契約に縛られるんや」
 もちろん、そんなことは佐隈もよくわかっている。佐隈と契約するまえのアザゼルは芥辺と三百年契約をしていて、芥辺が解約してくれるまで、その契約に逆らえずにいた。他にも、契約者に害のある能力の行使はできないし、グリモアに触れれば超常現象的な罰を受けたりと、いろいろと制約がある。
「ワシは遊びで女とつき合ったりする。恋愛やのーても、やりたいねんもん。それについては、サイテーやって、思われてもええ。せやけど、不誠実やって言われんのは、ちょっと、ちゃう気がするわ。こんなワシやけど、この女やって思うときがきたら、変わらん愛っちゅーヤツを誓うで。誓いは、契約とおんなじや。悪魔は誓いに縛られる。一生ってゆーたら、ホンマに一生なんやで」
作品名:誓い 作家名:hujio