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青帝習作

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 日中のむせ返るような暑さをのこす夏の夜の池袋の街を、青葉は帝人のぼろアパートへ向かって歩いていた。街の喧騒と、コンビニ弁当の入ったビニール袋のかさかさと擦れる音が混ざり合うのを聞きながら足を動かすのはそれ程不快ではなかったが、単調だった。賑やかな中心部から離れ、すれ違う街の人々の数が減ってきたところで、ふと、空を見上げてみる。少しくらい星が見えるかもしれないと思ったのだ。けれど、そこにはただのっぺりとした狭い闇が有るだけだった。すうっ、と落胆に近い感情が胸をよぎる。だが、そもそもそれが都会生まれ都会育ちの青葉にとっての日常、当たり前のことだった。むしろ、にもかかわらず、星が見えるかも知れないなどと考えたことのほうが、らしくもないおかしなことであった(きっと、暑さのせいにちがいない)。そうして、このぼんやりとした黒さが湿気を帯びた空気と一緒になって、妙に息苦しい気分にさせたので、目線を頭上から下げた。珍しく抒情的になっている意識を現実に引き戻すと、気付いた時には帝人の家の前だった。そこで青葉は怪訝に思う。帝人の部屋に電気が付いていなかったのだ。窓は閉め切られ、カーテンが引かれており、中の様子を伺い知ることはできないが、とても人がいるようには思えなかった。まさか、すっぽかされたのだろうか?触ったら手が錆臭くなりそうな階段を登り、ドアの前に立つ。
 
「先輩、黒沼です」

 そう言いながら、コンコン、とノックをする。しかし、返事はない。もう何度か呼びかけたが、やはり同じことだった。確かに今日の8時に約束をしていたはずだし、ダラーズのことに関しては尋常でない熱意を持っているあの帝人が、そう簡単に予定を忘れるものだろうか。携帯電話に連絡してみようとポケットの中を探りながら、反対のほうの手で、おもむろに取手に手を掛けてみた。すると、ぎい、と扉が音をたて、ぎょっとする。鍵が開いている。抜けたところがあるとは思っていたが、無用心にも鍵をかけ忘れたたままどこかへ出かけたのだろうか。一応警戒しつつ、少しだけ開いたままの扉を引くと、閉めきった部屋特有の、生暖かい空気が押し寄せた。

「…………っ、……?!」

 青葉は言葉にならない声を呑みこんだ。部屋の中は真っ暗でも無人でもなかった。パソコンディスプレイの光が、時代遅れの四畳半と、その主の輪郭をはっきりと浮かび上がらせていた。鈍い光源の前すわっているその人は、来客者に気づいて振り返ることもせず、微動だにしない。「先輩?」と、か細いつぶやきが漏れ出たが、これも聞こえていないようだ。なぜだか、それ以上声をだすことができなかった。吸い寄せられるように、靴を脱ぎ、彼の背後に近づいてその表情をのぞきこむ。その瞬間、青葉の全身は冷たく冴えわたった。青白い帝人の顔が、まるで硝子でできた人形の目で、ごく薄く笑みながら画面を見つめていたのだ。気味の悪い置き物のようだった。それを目の当たりにして、今度は声を出すどころか、からだを動かすことすらできなくなってしまっていた。体が震えている。その様が恐ろしいからではない、むしろ―――

「う、うわあ!あ、青葉君?!」

 素っ頓狂な声とともに、そのひんやりとした雰囲気は霧散した。帝人がこちらに気付いたのだ。かわりに、蒸し風呂のような空気が肺や皮膚を圧迫してくる。

「ど、どうして部屋に入ってるの?まだ8時じゃないよね……? え、嘘?!」

 慌てて照明をつける立ち上がりざまに、時間を確かめた帝人はわたわたとまくし立てた。先程の異様な様子など全く感じさせない、「いつもの」帝人だった。

「呼びかけても全然反応なくて。鍵が開いてるみたいだったから、勝手にはいっちゃいました、すみません。」

 半ば上の空で青葉は答えた。

「そ、そうだったんだ……。ごめんね。」

 そう言って、申し訳なさそうにして頬を掻く仕草は、善良で、純朴な少年そのものだ。そして、「ていうか、この部屋あつっ!」と言うと、今更のように異常な部屋の気温に気づき、のカーテンと窓を開け放った。帝人の額や首筋にはいくつもの汗の筋が流れていた。そんな様子を未だ飲み込み切れていない青葉のほうにも、窓から涼しい風が流れ込んで来る。しかし、それは帝人が我に返る前の、「心地良さ」とは全く別の類のものだった。―――そのことを理解したとたん、もやもやとした頭の中は一気に澄みきった。青葉はあることを確信したのだ。

「これ、差し入れです。顔色良くないですよ、ちゃんと食べてます?」

 内心を押し殺して、左手のビニール袋を差し出した。思ったよりも明るい声だった。心が上ずっている。

「ありがとう。でも、そんなに気を回さなくてもいいんだよ?一日食べないくらい全然平気だよ。」

 帝人はあまり嬉しくなさそうに笑いながらそれを受け取った。墓穴を掘っていることに気づいていない。

「あ、やっぱり食べてないんじゃないですか。駄目ですよ、仮にもブルースクエアのリーダーなんですから。夏バテで倒れたりなんかされたら困ります」

「そうだったね、ごめんね」

「……本当にそう思ってます?投げやりに聞こえるんですけど」

 そんなやり取りをしていても、青葉の胸中は奮然と沸き立っていた。自分の求めていたものが目の前にある。退屈と停滞を吹き飛ばす嵐、決して日常には嵌めこめないパズルのピース。しかもそれは人の形をしている。簡単に弄べるような代物ではないことを右手の傷が証明していたが、返ってそれがその価値を高めていた。危ない橋を渡るのは青葉の得意なことで、望むところだ。それと同時に、大声で笑い出したいのを堪えながら、これを絶対に誰かに渡しはしない、と決意を新たにした。あの忌々しい情報屋はもちろん、その他のどんな人間にだって、くれてやるものか。さながらお気に入りの玩具を手にした子供のようにそう思い、これから起こるであろう事に胸を馳せ、悦にひたった。




 ふと、きょとん、とした顔で、帝人が首をかしげる。

「青葉君、今日なんだか機嫌良い?」

「そう見えます?でも、そんなことないですよ、僕はいつも通りです」




 幼さを残す、邪気のない顔で青葉はにこりと微笑んだ。

作品名:青帝習作 作家名:鷹乃