少年時代
「あっ、しょうさだー!」
最初に気付いたのは、一番幼い葉だった。
しょうさー! と甲高い声で叫びながら、両手のおもちゃを放り出す。興味が他へ移ると、それまでの物がどうでもよくなるのがこの子の悪い癖だ。司郎がそれを拾っている間に、葉は念動で浮揚したまま部屋を横切り、入口に立っていたその人物めがけてダイブした。
「しょうさー、おかえりー!」
「ただいま、葉。飛ぶのがだいぶ上手くなってきたね」
飛びついてきた葉をキャッチした学生服姿の人物は、その顔を覗き込みながら、整った白皙をわずかに綻ばせた。そのまま子供の体を抱きあげ、遅れて駆け寄ってきた紅葉や司郎にも顔を向ける。
「おかえり、少佐!」
「お帰りッス、少佐」
「紅葉も司郎も、留守番御苦労さま。何事もなかったかな?」
「うん、もちろん!」
兵部京介。それが彼の名前だ。
他の大人たちが少佐と呼んでいるので司郎も紅葉も葉もそう呼んではいるが、自分は軍属じゃないと本人は言っている。ならどうして少佐と呼ばれているのか、呼ばせているのかまでは、まだ子供の彼らにはわからなかった。けれど彼は、かつてどこにも行き場のなかった司郎たちを拾い、安全な場所に匿い、充分な庇護の下で育ててくれる唯一の人物だった。
何よりも愛情をくれる。持って生まれた能力のために、多かれ少なかれ悲惨な目に遭ってきた子供たちにとっては、それが何より大事なことだ。
「しょうさ、もうおしごとおわり?」
「うん、面倒事が片付いてね。しばらくの間は休暇……お休みのつもりだ」
司郎たち三人は皆少佐が好きだったが、中でも一番小さな葉は、とりわけ少佐になついていた。『仕事』から兵部が帰ってくるとこうしていつも少佐にべったりくっついて離れないし、少佐が出かけたあとはひどく泣きわめいて、年長二人はいつも宥めるのに苦労する。
「じゃあさ、じゃあさ、おれとあそぼ?」
「ああ、いいとも」
「やったー! しょうさだいすきー!」
微笑んでうなずいた少佐に、抱きあげられたまま葉は歓声を上げた。そしてそのまま、ちいさな腕で首っ玉にかじりつくようにして少佐の頬に、ちゅっとキスした。
一瞬唖然とした少佐の顔はなかなか見物で、紅葉が噴きだしそうになりながら解説を加える。
「テレビで見て覚えちゃったの。ほら、サッカーで点が入ると、外国人選手同士がハグしたり、そうやってキスしたりするじゃない? 葉なりに喜びの表現だと思ったみたい」
「ああ、なるほど」
やっと合点がいったという顔をして、少佐はうなずいた。じゃあ僕も、と言いながら葉の頬にキスすると、葉は嬉しそうにきゃっきゃと兵部の肩の上で暴れまわった。
「葉だけじゃ不公平だから、紅葉にもしてあげよう」
「あはは、ありがと」
ただいまのキスね、と言いながら、少佐は紅葉の、今度は額へ、ちゅっ。
「少佐、おかえりなさい!」
はしゃいで腰に抱きついてくる紅葉の髪を撫でながら、残るは……と顔を上げた少佐と、司郎の目が合った。
「い、いいよ、俺は」
「葉と紅葉にはして、司郎だけ仲間外れにするなんて僕にはできないよ」
「それはあんたの都合だろう! 俺は辞退するから!」
「そんなに僕とはキスしたくない?」
「し、したくないっていうか」
年頃の少年としてはそんなスキンシップは恥ずかしいのだが、年頃の少年だからこそそんなことが言えるわけがない。じわじわと少佐から後退する司郎をじれったく思ったのか、紅葉が葉にそっと目配せした。
それと同時に突然、二人の姿が消えた。
紅葉のテレポートで少佐の傍から、司郎の背後へと。
「葉、一緒に司郎の体を押さえるわよ!」
「おさえるぜ!」
「うわあっ、お、お前ら!」
「御苦労さま、紅葉、葉。じゃ、ちょっとそのまま押さえててくれ」
「ま、待てオッサン、せめて心の準備が――!!」
はらり。
窓辺の花から花弁がいちまい、こぼれて舞って儚く落ちる。