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無題

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パニールがホールから食堂へ戻ると、とん、とん、と、ゆっくりとしたリズムでまな板をたたく音がした。
きっと何か食材を切っているのだろう。音からして、その人が料理に慣れていない事がすぐにわかる。
状況がうまく掴めなくて、パニールはキッチンへと向かう。するとそこには、意外な人物が立っていた。

「ほら、ルーク。野菜を持つ手は?」
「猫の…手…」
そう答えて、ルークがのびかけていた人差し指をきゅっと握った。その眼差しは、今切っている大根に一心に注がれている。
「そうそう。指まで切ったら大事だからな。」
ぽんぽんと褒めるようにルークの頭をたたくのは、ユーリだ。
なんとも微笑ましいような光景に、パニールは思わず、まぁ、と声を上げた。
それに気付き二人がパニールを見、ルークが暫く顔を上げた。
「パニール、ごめん、ここ使うようだったらどくよ。」
「あら、いえ、今は用事も無いのでいいんですよ。お二人は何か作ってらっしゃるんですか?」
パニールの問いに、何故かルークがバツが悪そうに苦笑した。ユーリはややしかめ面をしているが、機嫌が悪いというわけではなさそうだ。
「食堂に来たらこいつが、料理してる所を見つけてな。あまりにも危なっかしかったもんだから俺が指導してたんだ。」
食材をまな板に置いたまま固定せずにブツ切りにするなんて、有り得ないだろ?とユーリがパニールに聞く。なるほど、それは危なそうだ、と思わずパニールも苦笑した。
「だって知らなかったし…」
「まぁお坊ちゃんだからなぁ。挑戦しようっていう気概は認めるけどな。」
「うぅ…」
ルークは少し恥じたように口を噤むと、また野菜を切る作業を再開した。
「今から作るのは、ブリ大根だよ。」
ルークの手つきを見守りつつ、ユーリが先ほどの問いを返した。
「ということは、お魚を捌くんですね。ルークさん、頑張ってくださいね。」
料理初級者が魚を捌くのは大変だろう。そう思ったパニールの励ましの言葉に、ルークは、えっ、と驚きの声をあげた。
「魚ってその…、さばく?ってのをしないと食えないのか?」
ルークの言葉に、今度はパニールが驚く番だった。



「あたっ…」
微かに漏れた悲鳴に、どうしたのかとルークを見れば、左手で右手を押さえていた。その人差し指からはつぅと赤い液体が流れる。どうやら怪我をしたらしい。
「あらあら、たいへん。今救急箱を持ってきますからね。」
救急箱を取りに行こうとするパニールをルークは慌てて制止した。
「大丈夫だって、全然!こんなのなめときゃなお、る…」
その続きを発する事も無くルークは固まってしまった。パニールは、あら、と小さく声を漏らす。
ルークの人差し指、怪我した指先を、ユーリが口にくわえていた為だ。そして、ユーリはそのまま、伝って第二間接まで降りていたその液体を、丁寧に拭うような仕種で舐めとった。
状況を理解したのか、みるみるうちにルークの顔が赤くなる。今度ははっきりと悲鳴を上げてものすごい勢いで後ずさり、冷蔵庫にしたたかに背中を打ち付けてしまった。
「ななな、な、何やってんだよ!何をぉぉおお!」
「舐めときゃ治るって言ったじゃねーか。」
「言ったけどそれは!」
と言いかけたルークだったが、さっきの出来事をまた思い出したのかもう一度頬を淡い赤に染める。
「これくらいなら大した事ないだろ。まあ念のため絆創膏くらいは貼っとけ。」
そう言ってどこからか絆創膏を取り出し、呆然とするルークの指先に、ユーリは器用に手当てを施した。
ハッと我に帰ったルークは、複雑な表情をしつつも、ユーリにもごもごと礼をのべた。
それにユーリもふっと笑って応える。
ぎこちなく視線を彷徨わせていたルークが、ふと何かに気付たように口を開いた。
「…絆創膏あるなら舐める必要ないだろ。」
「あー、はいはい、悪かったって。ほら、今はこっちに集中しろよ。」
責めるようなルークのその眼差しをユーリは事も無げに受け流した。それに対してルークはまだ納得いかないという風に口を開閉していたが、ちらり野菜に視線を向けると唇を尖らせて重い動作ながらも野菜に手をかけた。
そしてまた、二人は料理を再開する。
時折危なげな動きをするルークに、手を取り丁寧に教えるユーリ。肩が触れ合う程密着しているのに、それを気にするでもなく、まるでそうするのが当たり前かのように、時折会話を交わし、笑い合う。
そんな二人の様子をしばらく見つめ、パニールはそっと食堂を後にした。

「ふふふ…。」
「パニール?何か良いことでもあったの?」
「あら、カノンノ。ううん、なんでもないのよ…ふふ…。」
「? へんなの。」

作品名:無題 作家名:はるた