秘密
それはおたがいのむねのなかに。
喉の渇きを覚えて目が覚める。
何か飲もう、と起き上がりかけ、そうして違和感に気付く。
ああ、そうか。
隣に眠る男を見てため息をつく。
死んだように眠る男の名前は折原臨也。
殺したいほど憎いと思う反面、こうして夜をともにする。
おかしいと思う、けれど。
自分はこの男の手を振りほどけない。
冷蔵庫から冷えたお茶を出して一息ついた。
臨也が目を覚ます様子はない。
昨夜、もう寝ようかという段になって扉が開いた。
いつ、どうやって入手したのか知らないが、臨也は合鍵を持っている。
勝手に入ってきた男に怒鳴りつけようとして、やめた。
なぜだか知らないがこの男が部屋に来るのは、だいたい不安定な時だ。
シズちゃん、と名前を呼ばれて。
上着を脱ぎもせず、のしかかってきた。
熱に浮かされたような、泣くのをこらえているような。
いつも危険な色をしている瞳が、少し潤んで見えた。
だからあきらめてため息をつき、目を閉じる。
自分たちはひとり、だ。
誰とも交わらない、交われない。
だから、こうして肌を寄せ合う。
相容れない、だからこそ、対等になることができる。
この男が弱っているとき、甘えさせることができるのは自分だけ。
そのことに密かな優越感を感じているのかもしれない。
本当はお前も誰かとかかわりたいくせに。
俯瞰者でいることがつらいことだってあるくせに。
ひとり、は本当は嫌なくせに。
けれどそんなこと、絶対にこいつには言わない。
それは臨也の存在意義を壊してしまうから。
相反する欲求を持ちながら境界線上で綱渡りをする男。
それがつらくなったら、ここに来ればいいのだ。
ベッドに戻って目を閉じる。
次に目を開けるとき、この男はもういない。
この夜のことは『なかったこと』になる。
それで、いい。
自分たちに慣れ合いは似合わない。
口づける代わりに殴り合って、肌を合わせる代わりに殺し合えばいい。
それは密やかな夜の秘め事。
夜の秘密は、昼の光の中で淡く消えてしまうのだから。
だれにもいわないで、ふたりだけの。