赤いマントと青い鳥
世界はいつも悲劇を裏切る
三点先取。試合は、二点差まで容易く進んで、最後の一点を決められないようにと決死で守った末一点返し、そして白熱した結末は、三対一。
「…完敗だ」
そう言う程、差は無かった。それでも佐久間は、全く敵わなかったと言った。それが本心だったことくらい、分かる。
誰も悔しがってはいなかった。その場に居た誰もが、鬼道有人の才能に魅せられ、心をただ高ぶらせていた。胸が震えた。鮮やかなドリブル、正確なカット、そして、動くのを忘れそうになるほどに、人を惹きつけるシュート。その全てが、心を掴んで離さなかった。鬼道有人にとってそれは大袈裟だったが、その一試合を、その場に居た誰もが忘れることは無いだろうと思った。ただただ、感動していた。瞳に焼き付いて離れない、その、天才の成せるプレーに。
「いい…勝負だった」
俯いた佐久間が差し出した手を、握り返す。握手。そんな簡単なことで、人と人は心を通わせられる。そんな感傷に浸っていると、握られた掌にぐっと力が込められた。
「え」
「鬼道さん!!」
一瞬別人かと思うくらいの勢いで、佐久間がその瞳をぐっと見開いた。人生であんなに、光った目は見たことが無い。思い出すだけで、笑えてしまうくらいに。
「感動しました!あんな…あんなプレーが出来るなんて…!俺、鬼道さんの子分にでも手下にでも弟子でも部下でもなんでもなります…!俺一生、あなたについていきます!!」
本当に、笑えてしまうくらいに。佐久間は必死だった。欲しかったのは子分でも手下でも弟子でも部下でもなんでもなくて、ただ単純に友達だったけれど、そうは言えなくて、気恥ずかしくて、それでも、褒められたことは嬉しかった。認められたことが、嬉しかった。友達になりたいと、心から思っていたのだ。多分、教室で声を掛けられたそのときから、自分もまたこの男の、強い目に惹かれていた。
「いや、子分はいらない」
「じゃあ何でも言ってください!負けた方は、言うこと一つ聞く約束ですよ!」
いつの間にか敬語だ。それはちょっとだけ、残念だった。距離を置かれるのは、寂しい。ただ何を言っても聞かなさそうな佐久間の目を見て、あきらめた。別に良い。この男は、自分と距離を置くつもりなんて、毛頭ないらしいのだ。
「なんでもか」
「何でもです!」
「…じゃあ」
これが、あの帝国サッカー部の始まりだと言えば、なんだか格好がつかなくて、本当は格好良いことなんてなにもなくて、泥臭い努力と、ばかみたいな馴れ合いと、分かち合った苦労と、月並みのスタートで、俺たちはたたかっていた。これが、帝国サッカー部の、はじまり。まるで喜劇の序章のような、影山の陰謀に支えられた勝利には到底不釣合いな、そんな、ごく些細な、当たり前のサッカーを、俺は、大切していただけなのだ。はじまりは、ともすれば涙が出るくらいに、他愛ない。
「きょうからおまえは、おれの『参謀』だ」