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【DRRR!!】此の不協和、残像の中 -彼の章-【サンプル】

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高校へ入学して、桜が散って緑が芽吹き、蝉が鳴いて葉が色付いた、そうしてきっと、すぐに枯葉が舞って熟れた銀杏が落ちて臭って、顔を顰めるのだろう。
 机に突っ伏した儘、静雄は何とは無しにそう思い、腕の隙間からひっそりと覗くようにしてすぐ隣の窓へ視線を遣る。教室の角、窓際の一番後ろに位置する静雄の席は、よく外が見渡せた。
 あまり広くない校舎、すぐ近くには首都高がある、其れは空を横切っており、更にはサンシャインをはじめとするビル群が空を圧迫しているものだから、正直なところ、此の来神高校の眺めはよろしくない。其れでも、静雄はよく外を眺めていた。
 静雄にとって、教室はまるで独房、はたまた隔離病棟さながら。教室の中には沢山のクラスメイトがいるにもかかわらず酷く孤独、基本的に誰も静雄に近寄って来なければ、話しかけても来ない。
 静雄の一挙手一投足を監視し、たまに声をかけてきた相手は危険物を取り扱うかの如く恐る恐る静雄に接した。如何しても用がある、という以外は皆、静雄のことなど存在しないのだとでもいうように振舞っている、其の理由は静雄もよく分かっている。
 ――怖いんだ。
 自分の人間離れした力を、皆が恐れていることくらい、幼い時からだ、静雄はよく分かっている。
 普通の人間は、怒りに任せて標識をひしゃげて捩じ切ったりしない、街中の自動販売機をぶん投げたりはしないし、トラックに撥ねられて立ち上がったりしない。
 挙げていけばキリの無い、数々の己の「偉業」に身震い、自分の事であるのに、静雄でさえ「怖い」と思う。
 一体如何して自分はこんなことになってしまったのか、何処まで自分は『普通』からかけ離れて行ってしまうのか、そして何より、何故自分でなければならなかったのか。
 そんな問答を始終繰り返して、何も手に付かない時間は、一日の中でかなりの分量を占めた。数学の公式や英語の構文、化学式や歴史年号は、何時でも静雄の鼓膜を振るわせるだけで、あまり頭には作用を及ぼすことは無い。
 静雄の日々は、そうやってだらだらと流れて行く。そんな独房、或いは隔離病棟のような日々でも、ふわりと真綿で包まれるような瞬間がある。
 ――静雄っ。
 其れが何時からだったのか、はっきりとは思い出せないが、そう云う、微塵の恐れも窺えない混じりっ気のない声が己の名前を波打つ時、ほわりとした心持ち、必ずと云っていいほど、静雄は安心感を覚えた。
 彼は明らかに異質、他の皆とは違っている。
 他の皆は怖がったり気味悪がったりして静雄を避けた、其れは小学校の頃から今も変わらない。けれど彼は、彼だけは、絶対に静雄から離れなかった。
 其れが如何してだったのかは分からないが、静雄が幾ら遠ざけようと壁を築いても、彼は其れを簡単に乗り越えてするりと静雄の隣に並ぶ、そうして満足そうに何時も笑うのだ。


【中略】


 ひっそりと外を眺めていた静雄の耳に、急にがやがや騒ぐ机と椅子の声が聞こえる。すぐに顔を上げると、皆より少し遅れて立ち上がり、「礼っ」という号令に頭を下げた。
 お辞儀をしながら、噫、また一つ授業が終わってしまった、と少し落胆、頭を上げると気怠るさを以って着席。其れから静雄は、ぱたりとまた机に突っ伏す、「また授業をちゃんと聞いていなかったなぁ」と他人事のように思う。
 此の「異常な身体」になってから、何時もそうだった。
 何時も、何処か俯瞰で全てを眺めており、其れは、「自分を取り巻く世界」と「其れに怯える自分」という二項対立。感覚も時折、何か一枚膜を通したような心持、「嬉しい」とか「楽しい」といった感覚はとりわけ曖昧で、胸が満たされるたびに後ろ暗さを覚え、自分は「仕合わせ」だなんて思ったら不可ないのだと、他人を諭すように自分に接する嫌いがあった。
 そんな自分自身に面倒臭さを感じ、そうなると全てが面倒になってきて、次の時間が体育であると分かってはいたが、静雄は動こうとはしない。
 面倒、実に面倒である。
 けれど此の面倒さは魅力的、動かぬ身体は確信的、胸の奥でくすぶる微かな期待を抑え付けながら、大人しく其の時を待つ。
 然る可くして、其れはぱたぱたと此方にやって来る、そうして「やれやれ、困ったものだ」と然して困った風でもない声が落ちた。
 ――静雄っ。
 やはり恐れも何も混じり気のない声で彼が自分の名を呼んだことに、静雄は心底安心したが、そんな素振りは一切見せず、ただ「……あぁ」とだけ返し、其の儘机に突っ伏していた。
「次は体育だよ、早く起きて? 遅れてしまうよ」
 そう云うと、彼は静雄の金色の髪に指を差し入れ、ぽんぽんと二回、手の平を弾ませてから優しく頭を撫でる。柔らかな手つきを感じながら、静雄は一人、己の腕で拵えた壕の中、頬を緩める。
 好きだった――
 静雄は昔から頭を撫でられるのが好きで、其れは幼い頃に弟の面倒をよく看て父や母に褒められた、まだ「普通」の子供だった頃の思い出であり、今でも両親は変わらず愛してくれるが、図体ばかり大きくなってしまった今では昔のようにはいかず、頭を自然と撫でてくれるのは、今は彼だけ。だから、静雄は一瞬である此の瞬間が、堪らなく好きだった。
「……新羅、俺は犬じゃねぇ」
 そう悪態を吐き吐き彼の名を紡ぐと、静雄はもそりと身体を起こし、鞄から体育着を取り出す。
 おや、気を悪くしたかい? と悪びれる様子もなく云う新羅に、「ふんっ」と鼻息で応えてから徐に席を立ち、ブレザーを脱ぐ。そんな静雄を見届けて安心したのか、新羅は静雄の隣の席を拝借して着替えを始めた。
 ――やっぱり不可ないな。
 期待していた、新羅に期待をして絶対にそうしてくれるように振る舞って、そして其の通りになって密かに悦に入っている自分を、いい加減新羅ばかりに甘えていては不可ないと思っているのに甘えてしまう自分を、静雄は嗜める。
 情けない、不甲斐ないと思いつつ、其れでも髪に残るわずかな手の感触が勝るのか、シャツの釦を外す頬には、殺しきれない笑みが、ほんのり顔を覗かせていた。



本文より一部抜粋