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臆病な指先

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 その腕は自販機をも投げることができ。
 その手は標識すら握りつぶすというのに。
 その指先は、とても臆病。


「そういやさ、静雄って手をつないだことないらしいよ」

 なんでそんな話になったのか忘れてしまったが、
 ずいぶんと前に新羅がそう言っていた。

「へえ。女の子とってこと?」
「うん。なんか握りつぶしそうだからって」
「・・・・・・シズちゃんらしい返答だね」

 フツーの一般男性からは到底出ない感想だ。
 折れちゃいそう、くらいはあり得るが、
 よりにもよって『握りつぶしそう』って。

「まあ、静雄ならあり得るからね」
「緊張して、手をつないだ途端に力加減を間違えて?」
「そう。こう、プチって」

 あるある、と二人でひとしきり笑った。
 これもまた一般的にはあり得ない『あるある』話だ。

「まあでも、シズちゃんはさ」
「うん」
「それ以前に女の子と手なんかつなげないでしょ」

 ああ、静雄は奥手だからね~、と新羅は笑いながらうなずいた。
 ・・・・・・と、少し前のそんな話を思い出した。

 まあ、その奥手な人は今俺の下で乱れた格好をしているわけですけど。

 なんで今そんな関係のない話を思い出したのかと言うと、
 こういうとき、シズちゃんは必ずと言っていいほど俺に触れない。
 寝具や、他のもの(場所にもよるけど)をつかんで快楽に耐えている。

 最初は俺のこと嫌いだからかな、と思っていたけれど。
 本当に嫌だったら、今頃俺生きていないよね。
 最近そんなことに気付いたわけで。

 だったらどうして?
 そう考えたら今の話を思い出したという次第。
 ようするに、シズちゃんは怖いのだ。
 俺を握りつぶしてしまいそうで。

 馬鹿だなあ、と俺は思う。
 普段殺す殺す言ってていまさら何なの?
 だいたい俺が握りつぶされるくらいの力が込められるのなら、
 先につかんでいる寝具や何かが破壊されてると思うんだけど。

 だからさ、シズちゃん。
 俺に腕をまわしてよ。
 そうしたらシズちゃんを抱きしめてあげるよ?

「・・・・・・うるせえ、ノミ蟲。死ね、殺す」

 シズちゃんは、気持ちよさそうな顔をしながらそんな物騒な言葉を吐いた。



 でも俺は知ってるよシズちゃん。
 シズちゃんの指先が本当に怖いのは、振り払われることだって。
 壊してしまうことじゃなくて、自分が壊れるのが怖いんだって。
 その指は、持ち主と同じくらい臆病だってことを。

 でもそれは、俺だけの秘密。

作品名:臆病な指先 作家名:774