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らきど るきはぴば 赤い花束

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デイバンも、七月後半ともなると暑さ全開で、朝から港付近のシマを挨拶廻りしただけでワイシャツが絞れるような状態となる。だが、CRー5の幹部ルキーノ・グレゴレッテイは粋な伊達男が看板だから、服装を崩すなんてことはできない。スーツを着たままで、本部まで戻ってきた。着替えて、また出かける予定だ。

「一時間、休憩するから、おまえたちも休んでくれ。」

 それだけを告げて、ルキーノは自分の執務室に入る。そこは空調の効いた涼しい空間だ。そこで、手にしていた小さな赤い花束に目を落としてソファに座り込んだ。赤い小さな花束は、港で働く若い女と、その子供から渡されたものだ。シマに争いのないように、働く場所を確保できるように、ルキーノが目を配っている感謝の印なのだろう。差し出された、それに目を瞠ったものの、笑顔で受け取った。妖艶な花たちから差し出される花束ならば、どんなものも心に響かない。だが、この小さな花束には心を揺さぶられた。



・・・・・まさか、今日、こんなものを貰うとはな・・・・・・・



 これが己の業というものなのだろうか、と、自嘲して葉巻に手をやる。火を点けて、プカリと紫煙を吐き出して、クルクルと回る天井のシーリングファンを眺めた。ちょうど、あの年ぐらいだったのだ。

 「パパ、おめでとう。」 と、妻の腕に抱かれた娘から差し出されたのは、赤い花束だった。その頃は、まだ疑うこともなく、幸せな家庭というものの中に居た。愛らしい娘がいて優しい妻がいる絵に描いたような環境。それを壊したのは自分で、失っても認められないほど辛かったものだ。ルキーノを生まれたことを寿いでくれた家族は、もういない。さすがに、別の家庭を作る努力はできそうもない。壊してしまった責任は自分にあるのだ。もう一度、同じことを繰り返して、死んだ娘や妻を呆れさせたくはない。



 赤い花束に視線を落として、葉巻を一本吸い切った。ふうと息を吐いて立ち上がる。花束は、そのままだ。廊下に出て、筆頭幹部の執務室に顔を出した。部下たちに囲まれて何本もの電話と話している筆頭幹部は、目の端で笑った。こういう場合、この忙しい状態が小康状態になるまでルキーノも話しかけない。ソファに座れば、アイスコーヒーが用意されるのも、いつものことだ。ここの部下は、待たされる客への対応にも慣れているし、毎日のように顔を出す次席幹部の好みの飲み物も把握している。きちんとルキーノの好みの葉巻や新聞、ちょっとしたお菓子まで準備されているところが待たされる時間の長さを物語っている。



 少し待っていると、電話が途切れた。

「何か急ぎの用かい? ルキーノ。」

 筆頭幹部が視線を向けてくる。

「ああ、急ぎで内密の用件だ。人払いさせてくれないか? 」

 そう、ルキーノが言うと、察しの良い筆頭幹部の部下たちは部屋から退出していく。

「すまないが、電話も、そちらで取ってくれ。捌けない用件は、後で俺から折り返し連絡する。」

 筆頭幹部には執務室の他に、部下たちが作業する部屋をいくつか用意している。しばらくは、そちらで筆頭幹部の通常業務を続けてくれるらしい。応接の卓には筆頭幹部の分のコーヒーもセッティングされている。

「それで? 」

 優雅に、それに口をつけた筆頭幹部が口を開いた。だが、返事はない。次席幹部の視線は、こちらを捉えているが、ぼんやりとして口元に笑みまで浮かんでいる。

「ルキーノ、急ぎで内密の用件なんだろ? 」

 もう一度、確認するように尋ねると、ああ、という曖昧な返事だ。そして、視線は、こちらに向いたままだ。

「俺は暇じゃないんだ。この後、カポと外出する予定があるから、それまでに片付けておきたい仕事が山積なんだよ。」

「俺も、少ししたらおエライさんとこへブツの配達廻りだ。」

 だから、どちらも忙しいんだから、さっさと用件を言え、と、筆頭幹部は詰る。すると、さらに次席幹部の笑顔は増した。この笑顔で囁かれたら、どんな女も陥ちるだろうな、というフェロモン全開のものだ。ただ、どこか瞳の奥は笑っていないのだが。

「時間的に無理なことは却下だ。・・・・・ルキーノ、それで?」

 何かしら思うところがあるんだろう。それをぶつけに来たのなら、まあ、お相手するのもやぶさかではない。ただし、時間がないから本格的なのは無理とは伝えた。すると、へらっと笑った顔のまま、次席幹部は対面のソファが、となりに移動してきた。ガバリと抱きつかれた。まだ着替えていない汗臭いワイシャツだ。粋な伊達男が、こんな格好で現れたから、何かあったんだろう、と、筆頭幹部は人払いした。

「ルキーノ? 」

「・・・・ベルナルド・・・・・」

「どうかしたようだね? 」

 何も言わず抱きついているルキーノにベルナルドも笑みを漏らす。幹部として表に居る時は、こんなことは絶対にやらない男だが、いろいろと腹に持っているから、こうなることもある。それが可愛いと思うし、その顔を見せられるのは自分だけだという優越感をもたらしてくれる。

「・・・・時間は、どれほどある? 」

「せいぜい30分ってとこだろう。」

「抜き合いするくらいか? 」

「抜いてやろうか? 」

「抜くだけなんて蛇の生殺しだ。・・・・・すまない、落ち着いた。」

「そうか、それはよかった。おまえのそういうところは可愛くて好きだよ。」

「うるせぇー。」

 悪態は吐いているかを離れるつもりはないらしい。肩にあごを乗せた紅い髪の次席幹部は、ふうと息を吐く。

「生きているのも悪くない。ジャンは、俺に、それを教えてくれたよ。」

「ああ、俺もだ。」

「けど、ジャンからじゃなくて、あんたから貰ったものも、今は大切にしたいと思ってる。」

「俺は、そこまで深くは考えていない。せいぜい、相性のいい身体を手に入れたって程度だ。」

「なら、今夜零時を過ぎるまでに、それを俺にくれ。今日、どうしても欲しい。」

「今日? 」

「そう、今日。」

 スケジュールを頭で思い出して、まあ、なんとかなるだろう、と、予定を書き換える。今は、それほど忙しい時期ではない。一晩くらい付き合う時間はある。そこで、今日に拘る次席幹部のことを考えた。確か、昨年も、この時期、何かあった。そして、それがなんだったか思い出して、筆頭幹部は噴出した。

「わかった。おまえのリクエストを、なんなりと叶えてろう。」

「いい酒とあんた。」

「お安い御用さ、次席幹部殿。それまでキリキリ働いてスケジュールはクリアーしてこい。」

 抱きしめたままで固まっていた次席幹部を引き剥がして立ち上がる。そういうことなら、さっさと仕事を片付けなければならない。次席幹部だって、同じことだ。立ち上がると扉の向こうに足早に消えていく。



・・・・・プレゼントのおねだりとはね・・・・・・



 そう思うとおかしくて、筆頭幹部は大笑いを始めた。次席幹部と入れ替わりに戻ってきた部下が、ぎょっとするほどの声だったらしい。