宵に沈む(土沖)
※微流血注意
「……おい、総悟。こりゃいったい、なんのつもりだ?」
「やだなあ、土方さん。見てわかりやせんか? 正真正銘、暗殺でさァ」
いたっていつもと変わらない日、昼間の仕事も無事終わり、明日はオフの日だから夜更かしできるな、と思った俺は夕餉の後、早々に風呂を済ませると残っていた書類をちまちまと片付けていた。
電気を付けるよりもロウソクの灯りのほうが落ち着くのは田舎にいた頃の名残だろうか。
仄灯い空間で筆を走らせる。
ふと、書類に落ちていた炎の影が微かに揺れた気が、
「―――っ」
なんだ、と思うよりも早く、喉元に鈍く光る刄。
一瞬敵襲かと気をはやらせたが、背後から感じるのはよく知る気配と香り。
……こいつ、叩っ切ってやる。
「………おい、てめぇ。こりゃいったい、なんのつもりだ?」
「やだなあ、土方さん。見てわかりやせんか? 正真正銘、暗殺でさァ」
元凶は真選組のトラブルメーカーの沖田総悟、その男であった。
ほんとにこいつは毎度毎度手の込んだ悪戯しやがって……! しかもそれは本気の殺意というおまけつきだ。よい子のみんなには絶対配れないような代物。
「おっと、動かねぇほうがいいですぜィ。苦しみたくないならねィ。さすがにおれでも楽にスパッと死なせてやろうって優しさくらいは持ち合わせてるんで」
「いらねぇ優しさだな」
「うわ、土方さんそりゃマゾ発言ですかい? そんな瞳孔開いた顔して、人は見かけによりませんねェ」
「黙れよアホっ!」
ほんとに口の減らねぇやつだなおい!
いつも通りの嫌味に本気でイラっとしたが、とりあえずどうにかしてこの状態を切り抜けなければ本気でやられる。やるのがこいつだ。
考えた末、ひとつ方法を思いついた。成功するかは五分五分としか言えないのだが。
……ええい、一か八か!
「いいぜ」
「なんです? 死ぬ覚悟ができやしたか?」
「譲ってやる。今夜はおまえが……抱けよ」
「?!」
総悟の気が一瞬刀から逸れたのを見逃さない。素早く肘を引いて鳩尾に叩き込めば、咄嗟に避けたその素早さで半分ほどしかキメられなかったが刀からは抜け出せた。が、動いたときに首筋を少しばかり切ってしまったらしい。首筋をツと伝わる生温さに着物の肩口を開き崩してケホケホと咳き込む総悟の手から刀を蹴り飛ばした。
「けほっ……卑怯ですぜ、土方さん」
「はっ、てめぇに言われたくねぇな」
「あーあ、興醒めでさァ」
土方さん抱くなんて想像するだけでも気色悪ぃ、そういって屈めていた上体を起こすと腕を張って寛ぐように反らせた。
素振りはなるほど、先程のような殺気も見当たらず興醒めしたようだが……しかしこちらに向けられた流し目の双眸はそうは言っていない。どこまでも欲に、そう、性欲のように歪んでいて純粋な欲に沈みきって、底が見えない程だ。原因はわかっている。
総悟の前で屈むとその顎をひっとらえて目先に首筋を晒してやった。
僅かにだがいまだに滴っている血液に総悟の目が眇む。何を思ったのかそのまま顔が寄ってきたため顎を解放してやれば、血の跡を辿るように鎖骨から首筋を熱い舌がたどる感触がして、傷痕にたどりつくとピリリとした痛みが走った。
仕返しと、目下に晒された総悟の真っ白な首筋に噛みつく。
「あっ……」
弾かれたように上がった顔に光る二つの目は、もう俺の血で完璧にデキあがっちまってて、ただでさえ普段から喰っちまいたくなるくらい赤い口唇は血でてらてらと深紅に染まっていた。なんつー倒錯的な。完璧にイカれてらァ。だがそんなこいつの姿と血の匂いに興奮してくる俺も相当イカれてやがる。
「土方さんが悪いんですぜ、殺らせなせェ」
「いいぜ、全力でな」
その目を見つめてにやりと答えると、心底愉快そうにわらって首絞めようと指を絡ませてくるものだから、その手を寸前で掴んで押し倒してやった。
「だが殺り合いなんてそんな体力の無駄遣いはしねぇのが俺の主義だ。全力で――ヤり倒してやる」
そうしてひとつキスを噛ましてやれば、また愉快そうに一声、そりゃいいとわらった。
土方さん、明日オフでしょ? こんな時まで仕事なんてやってるから注意が散漫になって暗殺なんてされかけるんですぜ。唾液を分け合うようなキスの合間にそう言ったこいつは、つまるところ明日オフなのに構いに来なかったことが気にくわなかったのだろう。
まあなんとも過激な我が儘の表現方法だな、命がいくつあっても足りやしねぇ。もっと真っ当なやり方はねぇのか。
けどそれをかわいいとか思っちまってる時点で脳ミソがイカれてる証拠で、血の味を媚薬変わりにしてる俺たちが言えた義理ではないのも重々承知なのだが。
今夜中に書類はおわりそうにねぇな。
そんなことを思いながら、もう一度白い首に噛みついた。