やっかいなこども
(よく寝てるなぁ)
寝顔だけは幼児のころと変わらない。
試しに人差し指で頬を突いてみる。起きない。軽くつまんでみる。起きない。
秋は死んだように身じろぎもしない。
しばらくそうして秋の頬を弄んでいたのだが、やがて飽きた。ちっちゃいころは見事にふくれたたこ焼きができたのだけれど、無駄な肉の付いていない、シャープな輪郭の今の秋でやっても楽しくない。
かわりに天井に上向いて、取りとめもない思考に耽る。
成長してもうだいぶ大人に近くなった秋は、まるで小さいころの秋がそのまま背丈だけ大きくなっただけのようだと平介は思う。だって何も変わってないのだ。
元々幼児の頃から我慢も責任感も強くて、下手をすれば当時高校生だった平介よりもしっかりもので、大人しくて自己主張はあまりしないが頑固。最近息抜きの仕方をようやく覚えたらしく、以前のように行き過ぎた自己規制はしなくなった。あまり表情を変えずかつ口を開かないが、そこがまた女の子にモテる要因らしいとおばさんが言っていた。
そして、相変わらず平介に懐いている。
「へーすけ」
まだ眠たそうな声が聞こえる。視線を下げると、寝起き特有のぼんやりとした目の秋がこちらを見上げていた。
「ああ、あっくん。起きたの」
「へーすけ…」
「いいよ、まだ寝てて」
身じろぎをした拍子に額にかかった髪を払ってやると、秋は猫のように目を細めた。その下にはうっすらと隈が出来ている。作品を締切に間に合わせるために徹夜したのだと聞いた。
秋は中学のころから美術部に入っている。平介はそっち方面にまったく興味が無いのでよく分からないのだが、業界では有名な大会で賞を取ったこともあるらしい。
その時の絵を見せてもらったが、平介にはきれいだということは分かっても、それが美術品としてどういう評価をされているのかは分からない。分からないからそのまま素直に感想を告げると、秋は幼児のころよりも表情の薄くなった顔で、照れ臭そうに笑った。だからまぁ、自分はこれでいいかと平介は思うことにしている。
「…へーすけ」
またもや思考に没頭しそうになった平介を、先程よりも若干低い秋の声が呼び戻した。
「へーすけ」
「ん?どったの」
何か言いたそうにしている秋の言葉を聞き逃さないように顔を近づけると、ほかほかと子供体温の両手に頬を挟まれた。
「へいすけ」
しきりに名前を呼ぶ秋に首を傾げると、秋はやはり半分寝ぼけているような声で、
「へーすけ。おれだけ見てて」
その一言を最後に、重量に耐えきれなくなったようにぼとりと腕が落ちた。閉じかかっていた瞼も、もう下ろされている。
たぶん夢でも見ていたのだろう。よく寝てるし。どんな夢かと大して興味も湧かず、平介はただぼそりと呟いた。
「…そりゃ、今はあっくんしか見るものないからね」
『一途は厄介』
どこかで聞いた誰かの言葉が、ふと頭を過った。