約束 朝視点
思わず怒鳴ってしまった。
「先日の四か国条約のためです。やっぱりアメリカさんの言うことは無視できませんし・・・。」
部下がオドオドした目でこちらを見つめる。
「チッ。」
ヤバい。本当にヤバい。
たしかにアルフレッドの上司がこの同盟を崩そうとやっきになっていたことは知っていた。
菊の上司と俺の上司の利害が合わなくなってきていることも。
でも菊と同盟があって山ほどの利益があった。だから崩れるなんて絶対に無いと思っていたのに・・・
いや、そう思いたかったのだ
「今すぐ日本へ行く。手配しろ。」
「それはできません。」
「なっ・・・!?」
「もう忘れてください。こうするのが最善の策です。」
「はぁ!?何言ってんだよ忘れるなんて・・・!」
できっこない。俺はあの夜、誓ったんだ。
「もういい。俺は俺で行く。止めても無駄だからな。」
「イギリスさんっ!」
「今の俺はイギリスじゃねぇ。」
俺は今、アーサー・カークランドとして日本ではなく菊に会いに行くんだ。心の中でそうつぶやく。
バッと上着を羽織ると俺は日本へ向けて歩みを進めた。
俺は今、菊の家の前に来ていた。コンコンと戸を叩く。
ガラガラッと戸が開き、菊が出てくる
「菊。」
名前を読んでみる。
「なんですか。」
いつもより少し不機嫌そうな声だ。怒っているのか。
「俺もさっき部下に聞いた。その・・・。」
「いいんですよ。気にしてませんし。」
気にしてない・・・?少しショックを受けた。気にしないぐらい軽かったのか?あの約束は
「そ、そうか。なら良かった。そんじゃあ、俺はこれで」
鼻の奥にツンときた物を我慢しながら俺は足早に菊の家を去った。
「もうここに来ることも無いんだろうな・・・。」
つぶやいた瞬間、我慢していた物があふれ出てきた。
「くそっ、なんで俺がこんな。俺は大英帝国様だぞ、こんな所で泣いていいわけが・・・。」
拭っても拭っても自分の意思に反して涙がボロボロとこぼれてく
うせ俺のための同盟だったからな。菊のバカ、気にしてないなんて言って後で泣きついても知らないぞ。」
いつもの強がりを言ってみるがやっぱり止まらない。
「どうせ嫌われてたんだろうな。アイツだって言わなかっただけで俺のこと嫌いだったんだろうな・・・。」
悪い想像が頭の中を占領していく。
「あの夜のもう一つの約束も忘れちまったんだろうなぁ。」
あの夜、日本とイギリスとしてではなく菊とアーサーとして誓ったもう一つの約束。
「まっ、一人は慣れてるからな!栄誉ある孤立はすごいんだぞ。」
ほとんど半泣き状態で帰ってきたときには時差で空が暗くなっていた。
「はぁ・・・。」
家に帰るなりドカリとソファに座り込んだ。
「やっぱり軽く見られてたんだよなぁあの約束。」
考えれば考えるほど気分は重くなっていく。
「もう少し色々言っておけば良かったな・・・。」
こういうのを日本の言葉で『覆水盆に返らず』って言うんだったか?とにかくもう手遅れなんだよな。
その時、コン、コンと誰かがドアをノックした。
「こんな時にだれだよ・・・。」
人がブルーな気分に浸ってるっていうのに、あの髭だったら最悪だ。
「何の用・・・うわっ、菊!!」
ドアの隙間から覗いたのは俺の国には珍しい夜空の色をした髪だった。
「こんばんわアーサーさん。」
菊はいつも礼儀正しい。俺のまわりにはこういうヤツがいなかったから少し照れる。
「お前、えぇっ!?な、なんでここに。」
「少しお話したいことが・・・。」
「まぁ、うん、上がれ。紅茶入れてくる・・・って菊、お前顔赤くねぇ?」
「えっ?」
いつもより頬がほんのりと赤い。目もうるんでいる。
ヤバい。本気でかわいい。
その気持ちをなんとか抑えて対応する。
「大丈夫か、腹が痛かったり、寒気がしたりしないか。」
熱がありそうだと思い熱を測ろうと菊の額と自分の額に手をあてる。やはり異常に熱かった。
「ふぇっ?」
菊が変な声をあげる。熱がさらに上がった気がした。
「動くなよ。うん、やっぱ熱い。」
パッと手を離す。
「菊、お前風邪ひいたな。」
「そ、そうですか?」
あきれた。どうも気づかなかったらしい。
「おい、ちょっとこっちに来い。」
なんですか、と寄ってきた菊をフワリと優しく抱き上げた。
菊は他の奴らと違って軽い。弱いんじゃなく儚いんだ
「少し寝てろ。それにしても、お前気づかなかったのか。自分が風邪ひいてるって。」
菊が不思議そうな顔をする。本当に天然だなコイツ、そこが菊のいいところなんだが・・・。
そう考えていると菊が何かをつぶやいた。
「・・・?なんか言ったか。」
「いいえ、何も。」
菊はそういって微笑んだ。心の中の怪物が出てきそうになった
病人をおそうなんて紳士にあるまじき行為だ、と言い聞かせなんとか欲望を抑える
俺の家でいちばん綺麗ないつもの応接間に入ってソファに菊をそっと横たえた。
「なっ・・・。」
「いいから寝てろって。」
「・・・はい。」
机の上に紅茶のセットがあったから二人分入れる。
「あの・・・。」
「なんだ。」
「あの約束、覚えてますか?」
いきなりそんなことを聞かれて思わずブッと紅茶を吹き出した。
菊が起き上がりこちらを見ている。
「お、おま、お前何でこのタイミングでそんなこと・・・。」
「あ、す、すみません。失礼でした・・・か?」
「い、いや、そんなことはねぇ。」
「私たちが国として結んだ約束は消えました。しかし・・・。」
グッと胸のあたりに不思議な感覚が襲ってきた。
「覚えてるに決まってんだろ。」
俺にしては珍しく人の話の途中に口をはさんだ。
「俺はお前こそ忘れちまったんじゃねぇかって。」
「忘れるわけないじゃないですか!あんな大切な約束。」
大切?思わず菊の方を覗き込む。夜空のような瞳が大きく揺れた。
「今、大切って言ったか〜?」
「あ・・・。」
口がすべったとでも言いたげに菊が固まった。それをみて少しニヤニヤする。
「俺との約束、大切って思ってくれてたんだな?」
「い、いや。その、これは・・・。」
「大切じゃないのか?」
ちょっと意地悪な気持ちになった
本当はわかってるけど困った顔をした菊が見たくてわざとすねてみる。
「大切ですよ。大切ですって!」
菊があわてたように言った。その顔が可愛い。
「俺はこの約束だけは絶対に破らねぇからな♪」
「え・・・?」
菊が驚いたようにこっちを見つめる。
「わ、私もこの約束だけは、破りたくありません。」
嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。
「じゃぁもう一回誓ってやる。」
俺はあの夜の約束に更に気持ちをプラスして菊の耳にささやいた。
菊の顔が真っ赤になった。
「俺の命をかけるぜ。」
本音だ。この約束に俺はアーサーとしての命をかける
「よ、よろしくおねがいしますね。」
照れたように言う菊が可愛くてジッと見つめると菊と目があった。
次の瞬間、二人で笑い出した。
久しぶりに心の底から笑った気がした。