Grateful Days
「……」
むちゃくちゃだ、と理一は思ったけれど、既に諦めに似た気持ちで「ごめんなさい」と謝った。理一が謝ることは何一つないのだが、姉に逆らってさらに小突かれたり蹴られたりするよりは何倍もましだ。
「わかりゃいいのよ。で、なんであいつと仲良くしてんの」
「……」
理一は眉根を寄せた。姉はしつこい。というか女はしつこい。母も結構しつこいのだ。女でしつこくないのは栄くらいのような気がする。
「…姉ちゃんなんでそんなこと聞くんだよ」
ぼそっと、それでもしつこく抵抗してみる。栄に言われたからだ、とはなぜか答えたくなかった。それが始まりではあるのだけれど、どうしてか理一はそれだけがすべてのように言いたくなかった。
「あんたがウラギリモノだったら許さないと思って」
うらぎりもの。なんだそれは。
理一はぽかんと口を開けた。理一も賢い子供のはずなのだが、姉の思考がさっぱりわからなかった。
「お母さんは絶対反対だったんだから。あたしたちはお母さんのみかたでしょ?」
理一は眉をひそめた。そんなことを言われても困ると思ったのだ。
「…みかたとか、てきとか、ないよ。家族なのに」
初めてに近い弟の反抗に、理香は苛立ちを隠せない。
「家族じゃないでしょ!」
理一は一瞬息を飲んだけれど、ぐっと手を握って力をこめる。
「家族だよ」
――頭はびっくりするよな、おれもだめだ
最初に捕まえたときも体を丸めていた。侘助は、弱いのだ。弱いのに。
「家族だろ…!」
言い切って、理一は理香を軽く突き飛ばした。完全に油断していたのだろう、理香は尻餅をつく。
「…理一いいい!」
それがどうやら理香の怒りに本格的に火をつけたらしい。突き飛ばされたのは最初だけで、猛然と拳を振り上げ掴みかかってきた。こうなると体が大きいほうが強い。
しかしそこまで騒ぎ始めれば、日本家屋は音が筒抜けだ。何をやってるんだ、と大人の誰かが様子を見に来る。男同士なら放っておかれたかもしれないが、理香が理一の名前を怒鳴っているのもあったし、襖や障子も随分壊したから、本当に音が大きかったのだろう。外でやれ、と怒りにきたのかもしれなかったが。
「ばあちゃんも言ったんだぞ、心細いだろうからって、ちゃんとみてやれって!」
陣内では栄の言葉は絶対だ。
だから、姉を黙らせるために怒鳴っていた。理一が生まれて初めて怒鳴った瞬間だったかもしれない。
「なんでわかんないんだよ、姉ちゃんのバカ!」
怒りなれていなくて、だから周りの事なんか見えてもいなかった。大人たちにくっついて侘助が後ろから様子をうかがっていたことに。
その日から、侘助が「リーチ」と呼ぶことはなくなった。理一、と少し距離を置くように、心に壁を作るようにして接するようになった。聞いていたのだ、と気づいた時には全て遅くて、誰を恨むことも出来なくて、理一は途方に暮れた。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ