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ひたすら呉カルテットが鍋をつつく話。

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「毎度悪ぃな、おっさん」
 第二の我が家のように感じる家のドアを叩けば、相変わらずの無精髭をしたおっさんが俺を部屋に招きいれてくれた。夜勤の筈が早く終わったから会社に泊まり込む訳にもいかず、家に帰ろうにも耳を揃えて出していない家賃の取り立てでけたたましく叫ばれるのは目に見えている。金を持っていないからホテルにも停まれないし、消去法的におっさんの部屋を訪れるしかなかったのだ。
「気にするな甘寧。そういや、いい酒を手に入れんだが…どうだ、夕食でも食べていかんか」
「じゃ、言葉に甘えて世話になるぜ。おっさんの料理は美味いし、食費も浮いてくれるしよ」
 誘われるままにリビングに入る。そこでは、予想通り凌統と陸遜が楽しそうに噺をしていた。聡明で素直そうな陸遜と、愚鈍ではないが決して素直でない凌統が和気藹々としている姿も最初は違和感を感じたが、もう慣れたものである。
「……今日は夜勤で帰ってこない、ってのは嘘だったのかい?」
 俺の方を一切見ようとせずに、不機嫌そうに凌統はぼやく。俺の帰りが遅いと言った途端に顔を綻ばせた野郎だし、よっぽど帰りが早いのが気に食わないらしい。俺を除いた三人で夕飯をとるのを楽しみにしていたのだろう。むかつく。
「んだよ、凌統。そんなに俺に逢いたかったのか?」
「は? 馬鹿なのは髪色だけにしてよ」「落ち着いてください凌統さん。それに甘寧さんも、どうして凌統殿をからかうのですか?」
 綺麗に結われた髪を撫でてやれば、どうもお気に召さなかったらしく、ぱしりと手で払われた。今となっては四人でつるむようになってかなりたつのに、相変わらず好かれていないようである。この頃人気のツンデレなるものだろうか。
「俺は悪くないっての。最初に甘寧が……!」
「相変わらず甘寧と凌統は仲がいいのだな。で、夕飯は鍋でいいか?」
「おう、鍋ってぇのはやっぱり大人数でつつくに限るぜ」
 なぁ、陸遜? と、こっちを向いてくれない凌統を無視して問い掛ければ、そうですね、と空っぽな返事が返ってくる。こいつも凌統の味方か、そうか。
「甘寧、本当は帰ってこないと言っていただろう。……それだから、少々食べ物が足らんのだ。悪いのだが、ひとっ走りしてきてくれるか?」
「おっさん…頼みてぇ事があんなら、もっと早く言ってくれよ」
「いや、すまん。何か有るかと思ったのだが、存外食い物が無くてな」
 似合わないエプロンのポケットから取り出した、品物がずらずら書かれたメモ帳と数枚の野口さんを掴まされた。飯をお世話になる身としては無碍に断る訳にも行かず、首にだらしなく付けていたネクタイと仕事に使う鞄を部屋の隅に置かせて貰って部屋を出る。
 玄関から一歩踏み出せば、ひゅう、と冷たい風が肌を撫ぜる。来る時はなんとも感じなかったのだが、一度暖かい部屋に入った所為で寒く感じるのだろう。おっさんの美味しい料理を食べる為だと自分に言い聞かせて、駐車場に置いていた車に乗り込んだ。






 書いてあった鍋の具、明らかに明日の朝食すであろうパンやら牛乳、あと残った金で適当にツマミを購入して後部座席に押し込む。本当に便利な足扱いである。
「ったく、おっさん……俺をなんだと…」
 アクセルを限界まで踏み込んで、車がまばらな道路を爆走する。早く飯にありつきたいのと、凌統に後で文句を言われるのを避ける為の選択である。まるで姑のようにねちねち言ってくるものだから、思わず暴力に訴えそうになった事が何度あった事か。
 しかし凌統に嫌われている理由は重々分かってるのだ。今でこそ陸遜とおっさんのお陰で仲違いしていないが、昔は口どころか顔を合わせるのも拒否された位だ。だって俺があいつの、
 首を振ってその考えを振り切る。今そんな事を考えたって無駄なのだから。
 今日は浴びる程酒を飲んで酔いつぶれて、おっさんの家に一晩泊まってやろう。と全然違う報告へ考えをシフトする。元より湿っぽい事は嫌いだ。





 部屋に帰れば陸遜と凌統が普通に食べ始めていた。なんだこの薄情者共。おっさんは待ってくれていたようで、ありがとうな、と言ってくれた。俺に優しいのはおっさんだけのようである。
「具の続きを作ってくるから、鍋をつついてていいぞ甘寧」
「あ、お帰りなさい甘寧さん」
「遅かったっての」
 器から顔をあげて、いま気付いたと言わんばかりに帰りを祝福された。なんだ、こいつら。
「あ、じゃねぇだろうが! 俺が帰ってくるまで待っていやがれ!」
 ビニール袋をおっさんに託してから、二人の頭をぐりぐりと少々痛めに撫でてやった。腹いせである、先に飯食って、凌統に至っては酒を飲みやがって!
「痛いから離せっての!」「呂蒙さん! 甘寧さんがいじめて……!」
「べ、別に虐めてなんかいねぇじゃねぇか。おら、鍋食うぞ鍋」
 ひょい、と凌統の器からつみれを盗めば、気に食わなかったのか思い切り叩かれた。あぁ、こんな生活も悪くない。一人悦浸っていたら、平たい皿に山盛りの具を乗せてきたおっさんが鍋に葱を追加し始めた。
「酷くないですか呂蒙さん! 甘寧さんが私と凌統殿に暴力を振るうんですよ!」
 俺の方を指差しながら陸遜は、おっさんに騒ぎ立てる。おっさんが居る時の陸遜はまるで新しい水を得た魚のように元気なものである。
「まぁ、まぁ、やめんか」
「勝手に飯食ってたおめぇが悪いじゃねぇか!」
「いつ帰ってくるかわからない人を待てますか、普通!」
「もう一度、食べ直せば構わんだろう? 陸遜、甘寧」
 はぁ、と溜め息を吐きながらおっさんが仲介に入られると、陸遜は手のひらを返したように大人しくなった。そうなると、俺だけが抗議するのは子供っぽすぎるので口をつむぐ。
「……別に構わねぇけどよ」「呂蒙さんが言うなら…」
「相変わらず、呂蒙さんには勝てないんだね」
 酒を呷りながら、けらけらと凌統は他人事のように笑う。彼の器に入った葱なり大根なり盗んだら、おっさんに怒られるキッカケを作れそうな気もしないではないが、自分も怒られるので自粛する。そこまでは馬鹿じゃない。
「うっせぇよ。……あ、おっさん今日泊まっていっていいか?」
「私と呂蒙さんの愛の巣に踏み込む気ですか!」
 おっさんの家に居候している陸遜に盛大な拒否をされる。なんだよ愛の巣って、お前とおっさんの関係が恋人だと言いたいのか。
「今日は泊まっていけばいい、問題はないぞ。あと、陸遜と凌統には言ったのだが……」
 おっさんはエプロンから一枚の紙切れを差し出してきた。お前のエプロンは四次元ポケットなのかと突っ込む気も失せて、表を返してみれば不動産屋のチラシ。それを見せられて、どう反応すればいいのだろう。ボロアパートの家賃さえ払えない俺が、こんな広くて小綺麗なマンションを借りられるか。
「不動産屋のチラシぃ?」
「俺と陸遜と凌統、それと甘寧でルームシェアをしようという話をしていてな」
 どうせ、ろくな生活は送って送ってないのだろう? と核心を突かれる発言をされて言葉に困る。その通りであるのだから。
「…俺は構わねぇが、凌統と陸遜はどうなんだ?」
「呂蒙さんとの愛の巣を壊されるのは少々いやですが、目を瞑りますよ」「嫌だったら、話してねぇっての」