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Staying up late land

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夜もすっかり更けては宵の胎の中に居るような頃合であるのだが、臨也さんが鍋をしたいとのたまい出した。

今夜は俺のうちにおいでよと常々信頼性を抱くに値しない顔に誘われ、借りているアパートからのこのこと出掛けて電車に単調な揺れに眠気を覚えつつ、道標も頼らず夜道を幾らかの時を要して新宿にある恋人の暫定とした住まいへと辿り着く。安価なアパートの扉と比べるのも赤面ものである扉を、本来ならば以前受け取った合鍵で開けるのだがこの時間帯に限っては施錠をなされていないので、そのまま抵抗なく開閉して一声こんばんはをする。玄関先までも効いた暖房から逃れた少しの冷気に殊更、こめかみを伝った汗が場違いに思えた。波江さんは恐らくもう退室した後なのだろう。居心地も座らないままに一組だけの靴の向きを揃える。一言断りを入れて奥に入れば臨也さん好みに調節された室内で、そういえば暖房が稼働しているというのに半袖でいるなどと、贅沢な組み合わせを新鮮なものに感じた。居間で炬燵に足を突っ込む臨也さんは卓上に乗せた蜜柑の皮を剥いていた。手の横にはこんもりと積まれた皮が小山となっている。随分のんびりを満喫しているようだ。炬燵をしげしげと眺めながら家主に倣い足を入れて頬を卓に置く。おひとついかがと勧められ、言われるままされるがままに口元に寄せられた蜜柑の一房を唇で柔く食んでいる処で鍋を提案された。
まだ拗ねているんですかと言えば、きっと臨也さんのことだから涼しい顔して扱いの至極面倒な返しをしてくると思い、何鍋にしましょうかとその場しのぎに話を合わせる。すると臨也さんは思案するふりをして、帝人くんはどんな鍋がいいのかなとご飯をねだり終えた猫のする声音でもって尋ねる。声音とお腹の具合から大それた計画もないのだろうと判断してもう一口蜜柑を貰う。唇に触れた爪先は部屋と同じくおおよそ整えられており尖る部位もない。身動ぎして足先に触れるものがある。こそばゆいよ帝人くんと嘯く臨也さんの足であるのだろうから、炬燵、いいですねと言うに留めた。
「ところで臨也さん」
「なあに、帝人くん」
小首を傾げてみせた恋人に、思い遣りを省いた言葉を投げる。
「いつ頃になったら、鍋の材料を買い出しに出掛けましょうか?」
そうだなあ、なんて思案するふりをする臨也さんの手元では、せっせと蜜柑の繊維が積み上げられていっている。言葉を重ねることもせずにじと目をする。
「じゃあ、今季の冬眠が終わったら行こうか」
「鍋の季節が終わってしまいますよ」
急かさないでよ、と臨也さんが小さく笑みを零す。それよりも、と艶で上塗りした声を出し、帝人くんここに引っ越さないかなと朗らかな笑顔で駄々を捏ねた。そうしたいのもやまやまですが、とオブラートを頭に飾る。
「僕、秋がすきなんですよ」
顔色を変えずに静かに主張する。臨也さんも声音をびくともさせずに応える。
「へえ、そうなんだ」
「はい、そうなんです。だから僕と冬を越して、春を過ごして、夏が終わって秋になったら、僕の処にきませんか。宴でも開きましょう、鍋をしましょう」
「どうしようかな」
ここまで言わせて日和るとは、余程首を突っ込んでいる案件が恋人につれなくしても構わない程愉しいに違いない。これは今夜も説得は無理そうだなと思い、炬燵から足を出して立ち上がる。もう帰るの、という声に今夜はこれで、と返事をする。そう、気を付けて。見送り替わりの言葉に、其方こそへまをやらかさないで下さいねと返したくなった。
預けられた合鍵できちんと施錠を施した扉の前でへたり込んだ。扉一枚で隔てられていた早速の、夜間になって下がったとはいえしつこく沈殿する熱気によろめく。
いつ頃になったら、冬から行方をくらませた恋人へ帰還をくっきりと促す言葉を伝えようか。冬はとうに越していて、春から夏に衣替えをしても臨也さんは帰って来ない。便りの一つですら寄越さない。逢瀬はこうして夢の中だけで、多分、何処に居ても夢を渡るのだから君とは逢えるね、などと臨也さんは感心してる。
もう夏じゃないですか、もうすぐ秋になってしまうんですよ。だから、帰ってきませんか、臨也さん。





浅い睡眠が携帯の目覚ましアラームに散らされて起床をした。薄いカーテンから遮りきれない朝日と蝉の鳴き声が無断で侵入している。汗ばんだ寝間着から制服に着替えて、施錠をしたアパートの扉の前で一拍俯いてから登校した。この頃は種類は違えどもアパートなどの扉を見ることに嫌気がさしている。口数を意識して日頃に合わせた様子を見抜く正臣と、一音低い声音に気付く園原さんの隣をやり過ごして一日を終えた学校から帰り、アパートの鍵を取り出そうとした時であった。影に呑まれ、蝉の鳴き声が遠くなる。
そんな中で、臨也さんがすぐに脳から過ぎ去るお気に入りの曲を口ずさむような軽やかな口調で言う。
「取り敢えず、何鍋をするのか決めちゃおうか」
そうですねえ、なんて返す声音がどうにもぶれてしまいそうだなあと、おかえりなさいを言う前に口を思い切りへの字にした。せめてもの遣り返しで、今晩の夢では絶交をするかもしれないと心密かに抱いたのを、臨也さんはまだ知らない。
作品名:Staying up late land 作家名:じゃく