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[通販再開]花嫁は二度、嘘をつく[ヘタリア/ギルエリ]

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業務上過失恋愛


 久しぶりの完全オフの日、行くあてもなく車を走らせて着いたのは、アルプスのふもとの町だった。
 六月の観光シーズン、道が混んでいてあまり遠出もできないと見込んだプロイセンは、季節ごとの風の匂いと草の匂いについてマニアックに語り倒す幼なじみが「この時期はアルプスが良いの!」と力説していたことを思い出してスイスに寄ったのだ。
 イタリアちゃんちに直行することが多くて、ここらへんで降りるのは久しぶりだよなあ、とプロイセンは車を止めてしばしぶらついた。スイスの観光地なだけあって、規律が行き届いていて過ごしやすい。目抜き通りの店をちらほら覗いて、時計を眺めたり地球儀をいじったりよそ見をしながら歩いていて、次の店に横歩きした時、誰かと肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「悪い」
 同時に謝って、ぱっと顔を見る。
「プロイセン!」
「ハンガリー?」
 なんでここに、と声が揃う。声が大きかったもので、通行人が一斉に二人を見た。オフの日の彼らが人目につきたいわけがなく、咳払いをしてごまかして、ひとまず目の前のウインドウを見上げると、光沢のある布地に華奢なレースをあしらったドレスが燦然とライトアップされていた。ブライダル関連のブランドの路面店のようだ。
「なんだお前、こんなの見てたのか」
「だってすごいじゃない、これ、昔のレースよ」
 ハンガリーが指さす先はレース本体ではなくて、ドレスの足下の説明書きだった。十八世紀のヴェネツィアンレースを再現したもので、博物館に収められても良いほどの出来だと謳っている。
「へえ」
 足下からに長く引く裾、半透明のヴェール、そして輝くダイヤモンドと真珠のアクセサリーがマネキンを飾りたてている。確かに相当凝った作りになっているようだ。
「ウエディングドレスって、一生に一度しか着ないはずなのに、豪華に作るわよねえー」
 ハンガリーが感嘆の声を上げる。
「着てみたいのか」
「まさか。工芸品としての価値の話」
 ハンガリーの答えは素っ気ない。実際、着ようと思えば着る機会もゼロではなかった女だが、一度もそういった形に興味を示したことはなかった。
「お客様、こちらにご興味がおありですか?」
 仕立ての良いスーツに金髪をきれいにまとめてアップにした若い女子店員が入り口から声をかけてきた。
「店内に男性用の礼装もございますが、ご覧になりますか?」
 にこやかな笑顔で薦められて、ハンガリーが首を傾げる。
「男性用の服はいつもあんまり見栄えが変わらないわよね」
 わざわざおススメされる理由が分からないというのだろう。プロイセンもそれには特に異存はない。十九世紀あたりにモーニングだタキシードだと分岐した礼装は、以降それほど変化していない。せいぜい、色にバリエーションができたくらいか。
「当店では男性の礼装にも力を入れておりまして、今のお勧めは近世の軍服に見立てた礼服でございます」
 プロイセンとハンガリーは顔を見合わせた。それはちょっと珍しいかも、と好奇心をそそられたハンガリーと、軍服と聞いたら興味を持たずにいられないプロイセンである。二人が店員に視線を戻すのとほぼ同時に、目の前にパンフレットが差し出される。
「こちらの、気品ある白を貴重とした軍服風が最近大変ご好評いただいておりまして」
 白地に目も覚めるような青紫の差し色、肩口や袖の折り返しに金糸の刺繍が入った華やかな上着が目につく。モデルが身にまとったスーツを見て、ハンガリーがさっと横を向いた。プスー、と空気の抜ける音がするのは、吹き出すのを必死にこらえて空気を逃がしているせいだ。
 プロイセンは差し出されたパンフを握りつぶしかけた。
「ちょ、その…なんでこの、えーと、こんなデザインに」
 ゴミ箱にダンクで放り込みたい衝動をこらえるために、店員に話題を振る。
「ええ、ハプスブルク風と申しまして、上品かつ新鮮なデザインになっております」
 ぶは、とハンガリーが吹き出した。そのまま背中を丸めてひいひい笑っている。
 知らないはずがない。パンフレットの衣装が実際の軍服とどう違うかまで詳細に当てられる程度に、プロイセンにとっては馴染みのあるデザインだ。
 モチーフになっているのはオーストリアの軍服、それもよりによって、今となりで笑い転げている女とオーストリアが組んでプロイセンと戦った頃のものだ。
「っ、はっ、あっはっはっはっは、あなた、し、試着させてもらいなさいよ、絶対似合うから」
 あまりのことに口をぱくぱくさせているプロイセンをよそに、呼吸困難になるほど笑いながら、ハンガリーが途切れ途切れに言い出す。
「あほかお前、なんで俺様がこんな」
「似合うわよ、見てみたいなー、かっこいいと思うなー」
 流れ的に店員が完全に二人をカップルだと思いこんでいるのを分かっていて、涙がにじむほど笑いながら煽ってくる。
「いかがでございましょうか」
 店員がのぞき込んでくる。プロイセンはパンフレットをひっつかんだ。
「よし分かった、着てやろうじゃねえか…。そのかわり、あいつにもなんか着せといてくれ。すげー美人に見えそうなやつ! 実物のがさつさをカバーして世界一の美女にしてくれるようなウエディングドレス!」
「へぁ!?」
 背中を丸めて壁にすがって笑っていたハンガリーが顔を上げる。
「かしこまりました!」
 女子店員の顔が輝いた。
(本編に続く)