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笑う花嫁

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1. 涙のリリー



華やかで厳かな結婚行進曲が流れる中、リリーは滝のような涙を流していた。
(……きれい、なんて綺麗なの……。わたしのペチュニア)
感極まって、嗚咽ともしゃくりともつかない声が出る。

ジェームズはそんなリリーを気遣って背中をさすろうとするのだが、その手はうっとおしそうに払われた。
しかし差し出しされた新しいハンカチだけは受け取り、逆に今まで手に持っていた涙でぐっしょりと濡れたハンカチをジェームズに押し付ける。
ジェームズは少し困った顔をしたが、仕方なしに自分のポケットにそれを押し込んだ。

彼は心の中でため息をついた。
(……まぁ、これでいいさ。これであの妹の来訪が少なくなるのなら、リリーのこのハマリっぷりは多少、多めに見ようじゃないか)
ジェームズはニヤニヤ笑った。

あのお邪魔虫が来ないと、リリーは自分が独占できると喜ぶ。
普通は夫婦なのだし、いくら身内でも自分が優先されてしかるべきなのに、いつもジェームズはリリーをこの憎らしい妹とシェアーしていたのだ。
それはリリーが望んだことで、別にペチュニアもジェームズも、そんなことは望んでいなかった。
どちらもが、リリーを独占したかったがっていた。

一度、結婚して間もない頃、たまらずジェームズは尋ねたことがある。
「自分と妹、いったいどちらが大切なんだ?」と。
もちろんその答えは聞くまでもなかった。
リリーはあっさりと「妹に決まっているじゃない。なに寝ぼけたこと言ってるのよ!」と、きっぱりと言い切られた、苦い思い出がある。

いつも選ばれるのは妹で、負け犬は自分だった。
でも、その辛抱も今日で終ると考えると、多少のわがままも許せるというものだ。
彼は鼻歌でも歌いたい気分だった。

リリーはずっとバージンロードを静々と歩いてくるペチュニアから目を離さずに、感動で涙にくれながら何度も頷いている。
そして父親から新しく夫となるバーノンにペチュニアが手渡された途端、「ヤメテーッ!」とリリーは叫んだ。
もちろん慌ててジェームズが、その口をふさいだ。
リリーの声はかき消され、ジェームズの行動に怒ったリリーは、真っ赤な顔でにらみつけてくる。

「やめないか、リリー。大切な式なんだから」
小声でたしなめた。
「こんな式、壊してやるわよっ!」
ひそひそとリリーは返事をする。

「なに言っているんだ。大切な君の妹の結婚式なんだろ?一生の思い出を壊されたら、きっと一生君のこと許してくれないと思うよ」
「……でも、ペチュニアが……。わたしの天使が―――」
たまらず、涙がまたあふれてくる。

彼女は今、大切な妹の結婚式を祝いたい気分と、それを壊してやりたい気分の中で、激しく揺れ動いていた。
すがりつくようにジェームズを見上げる瞳に、ジェームズは愛おしさがこみ上げてくる。
その緑の目元にあふれる涙を指先でぬぐってやった。

「大丈夫だよ、リリー。安心して……」
耳元に優しくささやく。
リリーはぎゅっとジェームズの手を握った。

そんな二人の行動を、瞳の隅に入れながら、ペチュニアはひきつった顔をベールで隠している。
自分の式ではなかったら、とっくにあの二人の間に割り込んでいた。
(……まったく……)と舌打ちをする。

薔薇のブーケを握りなおすと、(早くこんな退屈な儀式なんか、終ればいいのに)などと思い、フン!と鼻息も荒くふて腐れていた。
彼女はこんなバカげた儀式なんか大嫌いだった。

やせっぽちできゃしゃな容姿も、10人並の自分のウエディグドレス姿も、いったい誰が見て喜ぶのだろうと思う。
しかも相手の夫となる男は、でっぷりとしたお腹の冴えない姿だ。
(……自分が見世物にされているみたいで、本当にイヤっ!)
他人に注目されるなんて、ペチュニアには耐え難い苦痛だった。

(―――でも、リリーがあんなに泣いてくれるのは、本当に嬉しいのよね。リリーがわたしのことを思って泣いてくれるのだったら、何人も男を騙して何度でも結婚式をしてみたいものだわ……)
そんな勝手な想像をして不適に笑う。

ペチュニアが言うところの退屈な儀式はゆるゆると進み、誓いの言葉やリングの交換では、リリーの大量の涙と嗚咽が教会に響いた。
そして誓いのキスのために、ベールを上に上げたペチュニアに、リリーはうっとりとする。

―――が、相手のバーノンのフランクフルトのような太い指が、ペチュニアの細いあごを持ち上げ、キスをしようと顔を寄せていくのを見た瞬間、リリーはたまらず席を立ち、前に突進しようとした。
ジェームズはラガーマンのような見事なタックルで、リリーを椅子に押し戻す。

「なにするのよっ!離してちょうだい」
「リリー……、お願いだから」
「離して」「離すもんか」と小声で押し問答をしている間に、ふたりは誓いのキスをあっさりとしてしまった。

リリーは拳を握り締めると、それを見事にジェームズの腹に叩き込んだ。

―――ボスッ!
鈍い音とともに、ジェームズは前につんのめる。

予想だにしなかったリリーのボディーブローに、ジェームズの前に星が舞った。
痛さで声も出ない。

「……あいつ、わたしのペチュニアになんてことを!絶対にブチ殺すっ!!」
何かがリリーの中で切れたのだろう、低い声で言い放った。

目が据わり、ギラギラとイヤな光を放っている。
リリーの八つ当たりのパンチを受けて、ジェームズは逆に泣きたくなってきた。

自分が好きになったのは、花のような女性だったはずだ。


―――それなのに、どうして?!

作品名:笑う花嫁 作家名:sabure