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クレードル

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※クレードル (cradle)
 主に携帯電話等の拡張機器のこと。
 充電機能のみのものを卓上ホルダとも呼ぶ。



 今日は何だか臨也がうざい。
 いや、うざいのは通常仕様だとは思うのだが、いつもに増してうざい。
 具体的に言うと、今日はずっと背中に張り付いている。

「・・・・・・臨也」
「なに? シズちゃん」
「いい加減、離れろ」
「やだ」

 べったりと背中に張り付いているので暑くて仕方ない。
 ここは臨也の部屋なのでエアコンが効いているからまだいいが、
 俺の家なら三秒で死ねる。考えただけでも、あちーしうぜーし最悪な状況だな。

 ぼんやりと流れるテレビを見ながら煙草に火をつける。
 ああ、幽がまた映画出んのか。忙しそうだな。
 煙を吐きだすと、背後から文句が聞こえた。

「シズちゃん、けむい」
「うるせえな」
「煙草やめたら? 身体に良くないよ」

 ただでさえ少ない脳細胞が完全に死滅しちゃうよ、とかなんとか。
 背後でかしましいことこの上ない。
 あんまりにもうるさいので後頭部で頭突きをかましてやった。

「・・・・・・っ」

 さすがに静かになったので安心して煙草をふかす。
 それでも離れないのだからある意味すげえなコイツ。

 煙草を吸い終わるのを待っていたのか、臨也が肩に顎を載せてくる。
 密着しているが、何かをしかけてくる様子もない。
 付き合いが長いので、今日はそういう気分かどうかはわかるようになった。
 どうやら今日は本当に、くっついていたいだけのようだった。

「シズちゃん」

 耳元で急に名前を呼ばれたので少し驚く。
 視線をそちらに向ければ、伏し目がちに顎を肩にうずめていた。
 ああ、なんだ。
 なんだか納得した上に少しおかしくなった。
 なんだ、甘えたいだけなのか。
 普段から俺のことを素直じゃないとか甘えるのが下手すぎるとか。
 言いたい放題言うけど結局はお前だって甘えるのが下手なんじゃねえか。
 笑いをかみ殺して臨也の頭を乱暴にかき混ぜる。

「なにすんのさ」
「臨也。離れろ」
「やだ」

 やだ、と小さく呟いた声がなんだか頼りなさげで。
 コイツがこういう面を見せるのはきっと俺だけなんだろうな、などと
 ひそやかな優越感を抱いたりしたことは秘密、だ。
 それから俺は自分の足の間を手でたたく。

「こっち来い。臨也」
「・・・・・・シズちゃん」
「そのほうがいい」

 臨也は俺から手を離すといそいそと足の間にやってきた。
 そんな臨也を背面から抱きこんで、ソファに寄りかかる。
 臨也に背後から抱きつかれていたので寄りかかれなかったのだ。
 臨也が俺に寄りかかる分には別に不都合はないけれど、
 やはり俺の方がガタイがいいのでつぶしたら悪い。
 あー、ようやく落ち着いた。

 落ち着きついでに臨也の頭をなでてやる。
 今度は優しく。
 臨也はこちらを向かずに寄りかかってきたので、ぎゅっと抱きしめる。
 力加減がなかなか難しいそれにももう慣れた。
 臨也の髪の毛に顔をうずめながら考える。

 お互い甘えるのが下手なんだな。
 気持ちを伝えるのも下手で。
 気を使うことも苦手で。

 でも、こうして。
 長く付き合っていればわかることもできることも増えていく。
 抱きしめる力の加減ができるようになったり。
 素直じゃない恋人を甘えさせることができるようになったり。

 甘えるのって充電するのに似てるよね。

 昔一度だけ臨也が言った。

 俺はシズちゃんにくっついてるとそれだけで充電されるけどね。

 そんな些細な言葉を覚えていられるくらいに俺はコイツが好きで。
 俺にくっついてるだけで充電されるくらいにコイツも俺が好きなんだろう。

「明日は俺が甘やかしてあげるね」

 臨也が呟いた。
 でもこうしているだけで俺も充電されるから平気だ。
 俺の小さな声は臨也の髪の毛に吸い込まれた。



※クレードル (cradle)
 主に携帯電話等の拡張機器のこと。
 充電機能のみのものを卓上ホルダとも呼ぶ。
 または英語における「ゆりかご」の意。
作品名:クレードル 作家名:774