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BSRで小倉百人一首歌物語

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第71首 夕されば(政宗と小十郎)



 部屋から僅かに見える空が、憎らしいほどに青い。見事な秋晴れの空に誘われているような心地になって、政宗は筆を置いた。目を通さねばならない書類も、他国への文も、あらかたは片付いた。ならば、この好天に誘われて出歩いたところで文句は出るまい。そう一人合点して、部屋の外へ足を踏み出す。
 ふと、厨の方から食欲を掻き立てる匂いが漂ってくるのに気が付いた。もうすぐ昼食の頃合いらしい。
 昼食。妙案が浮かんだ政宗はにんまりと笑って、厨へと足を向けた。


 突然の政宗の闖入に厨の女中たちが混乱に陥っていたちょうどその頃、小十郎は屋敷裏の畑で収穫に励んでいた。今年は気候もよく、例年以上の豊作が見込めそうだ。青く繁る葉が、秋の穏やかな陽光を受けて目映く輝いている。その光景に、小十郎は優しく目を細める。
 「片倉様!そろそろ昼食にいたしましょう」
 「ああ、そうだな」
 手伝いに来てくれている農民たちの声に、ありがたく従うことにする。夏の盛りのような暑さはないが、農作業に夢中になればまだまだ汗が流れる。切り株に腰を下ろし、用意してくれた冷たい水を飲めば、体の隅々にまで染み渡る心地よさに思わず息を吐いてしまう。何ということはない日常だが、それもここのところ続く平穏のおかげだと思えば感慨深い。
 そんな小十郎の穏やかな時間は、聞き慣れた主の声によってあっさりと終わりを迎えた。
 「Hey、小十郎!今年も豊作か?」
 「ま、政宗様!?」
 政宗が小十郎の畑を訪れることは滅多にない。その政宗が突然、しかも何やら上機嫌で現れたのだから、流石の小十郎もすぐには言葉を接ぐことはできなかった。
 小十郎を囲んでいた農民たちも、慌てた様子で道を開けて、様子を窺うように二人の顔に代わる代わる視線を送る。滅多なことでは近づくことさえ許されない領主の突然の登場に驚いた、ということもあるだろうが、それ以上に、彼らの表情には困惑のようなものが浮かんでいる。おそらく、彼の屈託のない笑みを初めて目にしたものだから、うまく理解できないでいるのだろう。
 「あなたがここにいらっしゃるとは、珍しい。何か火急の用でも?」
 小十郎が尋ねると、政宗は何かに気がついたように、先程までの邪気のない笑みを消して答える。
 「一緒に飯でもと思ったんだが…どうやら邪魔だったようだな」
 少し刺のある言葉とは裏腹に、その声は、普段は聞くことができないほどの申し訳なさを滲ませている。意図を探ろうとその目を覗き込もうとすれば、決まりが悪そうに顔を背ける。不思議に思ってふとその手を見て、小十郎は目を見張った。
 「政宗様、それは」
 「Never mind、何でもねぇ」
 そう言って逃げるように去ろうとする政宗の腕を、小十郎は素早く捉える。逃げ出せないように強く掴んで、その手に提げられていた小さな包みを優しい手付きとは正反対の無遠慮さで奪う。政宗は抵抗しなかった。こういう場合の小十郎には決して勝てないことをわかっているのだろう。
 奪った包みを解くと、小さな箱が現れる。さらに箱を空けると、中には大きめの握り飯が数個、並べてあった。形の整ったそれらを見て、小十郎は目を細める。手先の器用さに反して、主の性格のなんと不器用なことか。
 「これは、政宗様が手ずからお作りに?」
 「…暇だったからな」
 すっかりへそを曲げてしまっているらしい。だが、小十郎には原因が今一つ分からない。かなり機嫌良くやってきた政宗が、突然不機嫌になった理由。小十郎は悟られないようにさっと周囲に視線を巡らせる。
 その目にまず飛び込んできたのは、怯えと困惑が入り雑じった農民たちの姿だ。こんな表情をさせていることが分かっているから、政宗は早くこの場を離れたいのだろう。では、不機嫌の理由は。
 「政宗様。お心遣い、感謝いたします。ありがたく頂戴いたします」
 相変わらずそっぽを向いたままの政宗の目を覗き込みながら言うと、政宗は目を丸くする。
 「けど、おまえ今からそれ、食うつもりじゃなかったのかよ。こいつらが作ってくれたもんを無駄にするつもりか?」
 言って政宗が視線で示したのは、農民たちが盆に乗せて運んできた昼食だった。そしてそれこそが、政宗が不機嫌になった原因なのだ。
 「では、皆で食べればよいでしょう?誰もあなたのことを、責めも遠ざけもしませんよ」
 なあ、と小十郎が周りの農民たちを見渡すと、皆安堵したように次々と告げる。
 「片倉様の言うとおりです、殿」
 「一緒に食ってってください」
 「殿と食事したって、他の奴等に自慢してやりますよ」
 口々に述べるその言葉は、どれも政宗を快く受け入れるものだった。返事をできないでいる政宗に、小十郎は優しく言葉をかける。
 「皆あなたのことを慕っています。お忘れなきよう」
 「…やれやれ。俺の方が礼を言わなくちゃならねぇな」
 深く息を吐き出してから顔を上げると、そこにあったのはいつもの不遜な笑みだった。
 「…言っとくがおめぇら、俺の握り飯は滅茶苦茶うまいぞ?」
 その政宗の言葉を合図に、和やかな昼食の時間がようやく始まった。


 昼食の後は政宗も収穫を手伝い、いつになく賑やかな作業になった。
 時間は瞬く間に過ぎ、空はすっかり赤く染まっている。農民たちは政宗に礼を言って、帰路に就く。誰もが皆、笑顔だ。その背を残らず見送ってから、小十郎は政宗に声をかける。
 「今日はありがとうございました。彼らにとっても、良い思い出になったことでしょう」
 すると政宗は、苦笑いを浮かべて俯く。
 「いや…悪かったな、小十郎。これはお前の時間だったのに、でしゃばっちまって」
 やはり小十郎の想像は間違っていなかった。自分が訪れたことで、小十郎と農民たちとの間柄を乱してしまうのではないかと不安だったのだ。だからこそ、小十郎はあの提案をした。その目論見は、功を奏した。
 政宗の言葉には返事をせず、代わりに小十郎は優しく笑んで、政宗の頭を撫でる。いつもならば子供扱いするなと怒り出すところだが、今回は自分の子供染みた癇癪を理解しているのだろう。抵抗はない。
 そんな二人の隣を抜けるように、冷たい風が吹いた。夕方に吹く風はもう、秋の風だ。日が落ちるのも随分と早くなった。もうすぐ、この奥州にも厳しい冬が訪れる。
 「…寒くなってきたな」
 「そうですね、昼間の暑さからは想像もできない」
 「あいつらの家の前にも、同じ風が吹いてるんだろうな」
 冷たい風が吹き抜ける家屋を想像したのか、政宗は気遣わしげに眉を寄せる。
 「…まだまだやらなけりゃならないことが山ほどあるな、俺は」
 独り言のように呟く。小十郎はその頭に乗せていた手で、ぽんと肩を叩く。
 「どこまでもお伴いたします、政宗様」
 その言葉に政宗はようやく顔を上げ、表情を綻ばせる。
 「さあ、そろそろ戻りましょう。風邪を召されてしまいます」
 屋敷までの道を、並んで歩く。相変わらず吹き抜ける秋風が、畑の葉をざわざわと揺らしていた。
 
  
 夕されば 門田の稲葉 おとづれて あしのまろやに 秋風ぞ吹く


作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟