【通販受付中】てんぷてーしょん!【静帝サンプル】
「こんにちは!」
柔らかな挨拶の声に、静雄の心臓は跳ねた。加えて言うなら、視界の端にちらちらと黒髪が映っていた時点で、もしかしたらとは思っていたのだ。
『池袋の喧嘩人形』に、わざわざ自分から近づいてくる人間など限られている。
「おう」
内心の動揺をなんとか隠して返事を返した静雄に、少年――竜ヶ峰帝人は律儀にぺこりと頭を下げて微笑んだ。
「半袖なんだな」
制服姿に斜め掛けの鞄……は見慣れていたけれど、ブレザーを羽織っていない姿は初めてかもしれない。一年中同じ服装で通す静雄は、衣替えなどあまり意識したことがなかったが、そういえばそんな季節か、と思い出す。
「あ、これですか?」
腕を持ち上げて、自らの袖をのぞき込むようにしながら、少年ははにかんだ。
「ええと……長袖のシャツが乾かなくて…」
ここ数日のじめじめとした天気のせいで洗濯物が乾かなかったらしい。静雄にとっては行幸だった。白い腕がまぶしい。
「朝はちょっと寒かったので、羽織るもの持ってきてはいるんですけど。歩いてたら蒸し暑くなってきたからいいかな、って」
気が早い感じですよね、と言って帝人は恥ずかしそうに笑った。
静雄さんは、夏とか暑くないですか?バーテン服黒いし…などと問われる声に、静雄は少年の額のあたりをじっと見つめながらなんとか言葉を返していく。
姿が見当たらないときには、あんなに切望して遇いたいと思ったというのに。いざ本人を目の前にすると何を話したらいいのかわからない。少年の話す言葉に相槌を打つばかりとなってしまう。
そのわりに、ころころと表情を変える可愛らしい顔を見つめていると、無性に触れたくて仕方がない。現に今も短い前髪をかき上げるように額を撫でたくてうずうずしているのだ。
「……あ、」
額から意識を逸らそうと視線を下に移動させた先で、静雄は白い頬にあるものを見つけた。
「睫、付いてるぞ」
「え? どこですか?」
静雄から見れば随分と細い指が、大きな瞳の下を擦る。
「ここだ、ここ」
見当違いなあたりをさまよう細い指先に笑いながら、静雄は指を伸ばした。柔らかな頬にふに、と触れて張り付いていた睫を指先へと移す。
「ほら、こ……」
れ、と続くはずだった言葉を静雄は唾液とともにゴクリと飲み込んだ。
「……りゅうがみね?」
静雄の呼びかけに細い肩を跳ねさせて見上げられた小さな顔は、頬や額はもとより耳朶や首筋に至るまで鮮やかな朱に染まっている。
「静雄さん…」
想っている相手に、潤んだ瞳で見つめられ、吐息のような声で名を呼ばれて。ただでさえ我慢が苦手な男が、何もしないでいられる筈がない。静雄は思わず、再び手を伸ばしていた。
「っ…!」
ぱしり、と叩き落とされた手のひらに驚いたのは、叩かれた静雄ではなく寧ろ叩いた帝人のほうであったようだ。はっと息を呑んだ後慌てた様子で「すみません!」と謝罪の言葉を述べる。
「あの、……ええと、」
そのままじりじりと静雄から離れるように、後ずさるように後ろに擦られた帝人の足が、かくりと膝から崩れ落ちた。
咄嗟に掴んだ少年の二の腕は、静雄の指が回りきってしまうほどに細かった。力を入れすぎないようにと緩く回した手のひらに少年の柔らかな肌が触れる。
「…っぶねえ……大丈夫か?」
「!!」
途端、それまでこれ以上赤くなりようがないだろうと思われるほど綺麗に染まっていた少年の頬が、湯気でも出しそうなほど真っ赤に変わった。
「ちょ、あの、はなして……」
パニックをおこしたようにわたわたともがく身体を、静雄は要望とは逆にしっかりと両腕で抱えなおした。
「こんな状態で離せる訳ねーだろうが」
なにしろ手を離してしまえば、その場にふにゃふにゃと座り込んでしまいそうな雰囲気なのだ。
「大丈夫か?」
顔をのぞき込みながら問えば、真っ赤な顔がぶんぶんと縦に振られたが、どう見ても『大丈夫』な状態には見えない。急にどうしたのだろうと思いつつ、自分と違って小さく弱い少年であれば、体調も崩しやすいのだろうと……静雄は明後日の方向で得心していた。
だとすれば、はやく介抱してやらなければ。
「ちょっとごめんな」
言うや、膝裏に腕を通して、静雄は少年の身体を抱き上げる。潤んだ黒い瞳が、零れ落ちそうなほどに見開かれた。
「え、あの?」
「病院…? いや、こっからだと新羅んとこのほうが近いか?」
「静雄さん、ま、待ってくださ――」
少年の叫びをよそに、静雄は大きく足をひらいて駆け出した。
作品名:【通販受付中】てんぷてーしょん!【静帝サンプル】 作家名:長谷川桐子