どこにも行けない
会話はなかった。向かい風が二人に迫るが、それだけでなく自転車の進みは遅かった。練習試合後の体であったが、疲れがあったわけでもなかった。そもそも、あんな試合で疲れるはずもなかった。
試合結果はニ対一で雷門中学校の勝利。フィフスセクターからの指令通りになるように、雷門中サッカー部も相手チームも試合を進めた。
南沢が力の抜けたシュートを二回放ち、相手チームのキーパーがそれをわざと取れなかった振りをする。三国もそれにならって、相手チームの一度だけのシュートをわざと取り損ねた振りをする。試合終了。
こんなサッカーで疲労などするはずがなかった。それなのに、三国の体のどこかは確実に疲弊していた。
体のずっと奥深くから怒りなのか悲しみなのか、なにかわからないどろどろとした黒いものがあふれだしてくるのがわかった。とまらない。叫びだしたくて仕様がなかった。(なにを、叫ぶっていうんだ)(それでなにが変わる?)奥歯をギリリと痛いほどに噛みしめて、三国はただ耐えた。
三国の背中にもたれかかる南沢の背中がひどく熱かった。他者に安心感を与える温度ではなく、怒りの炎が南沢の体からあふれているようだと三国は感じた。
(お前も、悔しいよな)(苦しいよな)
情けないほど不純なことに、この辛苦を味わっているのが自分ひとりだけではない事実に三国はすこしだけ安堵してしまった。
(二人で苦しむんじゃなくて、二人で楽になる方法を考えなければいけないのに)
そこへ、後方の南沢が小さく自分を呼ぶ声がした。本当に小さな声で、向かい風に流されてしまいそうなほどだった。
「なんだ?」
返事はすぐになかった。しばらくして、先よりはすこしだけ大きな声で南沢は告げた。
「このまま、どっかに行きたいな」
どこへ? 三国は問い返さなかった。
すべてを投げ出して、このままどこかへ行けたらどれほど楽だろう。ひどく魅惑的な誘惑だったが、それに手を伸ばす訳にはいかなかった。
(いま、逃げる訳にはいかない)
南沢もそれは十分に承知しているはずだった。はずだったが、ここではないどこかへ行きたいと願う自分が心のどこかにいるのも事実だった。それは三国も同じだった。
不意に、触れる南沢の肩がかすかに震えているのが伝わってきた。追い風で後方に流されていったが、本当にかすかな嗚咽も確かに聞こえてしまった。
だが、慰めることも励ますこともできない三国には、ただそれに気づかない振りをすることしかできなかった。
いま、背中の南沢にかけるべき言葉がわからない。底なし沼のような闇に捕らわれそうになる南沢に手を伸ばすこともできない。
(満足にサッカーもできないどころか、大切な仲間ひとり救ってやることもできないなんて)
三国は自分があまりに無力であることと、ちっぽけな存在であることを痛いほどに思い知らされ、ひどく絶望した。
三国は強く唇を噛みしめた。歯が皮膚を貫いて血の味が広がったが、それをやめることはしなかった。
空のずっと向こう、薄闇の空に一番星が瞬きはじめたが、二人の行く先を示してくれそうにはなかった。