空回り
「きゃー! お兄ちゃんやめて~!」
というミクの悲鳴が聞こえてきた。
……なにごと?
まさかとは思うが、カイトがミクに……。
いや、いくらカイトはヘタレだとは言え、ありえなくはない。なにせミクはあんなにかわいいから。
「あんたたち! なにやってんの!!」
ミクの危機を救うべく乗り込んだリビングには、
得意げにポーズを決める裸マフラーのカイトと、
その写真をバシャバシャ携帯で撮るリン、
そして顔を覆った指の間からカイトを覗き見るミクの姿があった。
「な…なにやってんの?」
さっきとは違う低いテンションでメイコは尋ねた。
「新曲をみんなに披露していたんだよ!」
マフラーをひるがえして自慢げに言う弟を見ていると、メイコはやりきれなさでいっぱいになった。
「いやー、お兄ちゃん、今回もトバしてるねー」
リンが心底感心したように言った。
「どうかな? ミク! お兄ちゃんの新曲! 人気出るかな?」
「う、うん、そうだね…。曲自体は、すごくいいよね、曲自体は…」
ミクは必死にカイトから視線を逸らしながらそう答えた。
「レン! レンはどう思う!!?」
3人とは離れたところでじっとしていたレンにカイトは問いかけた。
「……カイトは死ねばいいと思う」
「な……!!」
大げさに仰け反るカイトをみて、レンは心底うっとうしそうに顔をゆがめた。
「レン君どうしたの? 反抗期? こういった場合正しい兄の対応は怒る? スルー? めーちゃん、どうしよう!!?」
「ホントまじうぜえこいつ」
レンは頬杖をついたまま器用にしゃべった。
「はいはい、もう分かったから。カイトはいい加減服着なさい! レンも! たしかにカイトうざいけど、あんまりそういうこ
と言わないの!」
「めーちゃん、ヒドイ…」
カイトはそういいながらも服を着始めた。
「もう、遅い時間なんだから、未成年たちは寝なさい!」
「え~~? 今からローアングルから攻めようと思ってたのに…」
デジカメを握りしめて、リンが不平を漏らす。
「はいはい、みんなもう寝ようねー」
ミクがお姉ちゃんぶりを発揮して、カガミネーズを部屋へ連れて行った。
急に静かになった部屋で、カイトは冷蔵庫からアイスを取り出すと、ふわあっと、大きな溜息をついた。
メイコはカイトの隣のソファに座った。
「全く…なんで家でまでサービスして疲れきってるのよ、アンタは」
あはは、と笑いながらカイトはアイスを頬張った。
「いやあ、リンが喜ぶから…」
「だからって、ふつうそこまでやる?」
「めーちゃん、心配してくれるんだ、俺のこと」
「まあね、出来の悪い弟のことはいつだって心配だよ」
「ふん、そう…」
なぜかカイトは少し不服そうに言った。
「でも、ちょっと落ち込んだなー。レン君にうざいって言われちゃったよ」
「まあ、思春期の男の子にとって、こういう兄はうっとうしいでしょうね」
「めーちゃん、容赦ないなあ」
またカイトはあはは、と笑った。するとメイコはずいっとカイトに顔を近づけて、彼の目を覗き込んだ。
「な、なに? ど、どうしたの、めーちゃん」
「あんた、無理して笑わなくたっていいのよ」
「え?」
「最近あんた、つらそうだから。お兄ちゃんしたいならあの子らの前で強がってもいいけど、私の前でまで強がらなくてい
いでしょ?」
カイトはしばらく黙ったままでいたが、
「ありがとう」
そう言ってまた笑った。
「でも別に強がってるわけじゃないよ。だって俺はめーちゃんと一緒にいるだけでとっても楽しいもの」
「あ、そう」
メイコは冷たくそう返した。
「ホントだよ! めーちゃん信じてないね!!?」
「ともかく!」
メイコはカイトの言葉を無理やりさえぎると
「まあ、私はあんたが頑張ってんの知ってるから。気にすることないわよ、何があったか知らないけど」
「めーちゃん……なんか、俺に頼みごとあるの?」
「……は?」
「だって…めーちゃんが俺をなぐさめるなんて…なんかあるとしか思えない! むしろ怖い!!」
カイトは怖い怖いと騒ぎながら……とてもうれしそうに見えた。
「まあ、相談くらいならいつでものってあげるから」
「ぎゃああ!! ホントにこわい!! めーちゃん俺になにさせようとしてるのっ!!」
言葉とは裏腹に、カイトのテンションはアガりにあがり、どんどん声が大きくなっていった。
「カイトうるせえ!! 寝れねえだろ、氏ね!!」
遠くからレンの怒鳴り声が聞こえて、すぐにまたカイトは落ち込んだ。
メイコは、なんだかめんどくさくなったので、
「カイト、熱燗作って!!」
もう慰めずに晩酌をはじめることにした。