それはちょっとした悪戯
嬉しそうにドラコのきっちりと締めたスリザリンタイをほどく。
シャツのボタンを外すと、ドラコが少しだけ呼吸が楽になったのか、安堵したような吐息を吐いた。
「苦しい?」
ハリーは相手の青白い顔を覗き込んで尋ねた。
「……最悪だ」
ドラコは苦悶するような表情になってくる。
それを観察するように上目遣いで見つめながら、ドラコの首筋にキスをしたり、ほほを舌で味わったりする。
ハリーは悪戯をするときのように、相手にキスするたびにクスクス笑った。
「ねぇ、僕のキスは上手かな?」
「……気持ち悪い」
「あー、傷つくなー」
別にハリーは怒ることなく、嬉しそうにドラコの失礼な返事に笑っているだけだ。
「本当に気持ち悪い……」
またドラコの顔が一層青くなる。
薄っすらと冷や汗まで浮かんできた。
彼は胃から上がってきて、喉にたまっている生唾を必死で飲み込んでいる。
一瞬カーブにかかって、車体が横に傾いたついでに列車が加速した。
からだに変な圧力がかかる。
「……ううっ!」
ドラコが低くうめいた。
からだが小刻みに震えている。
彼の喉元から胃にかけて、押さえがたい吐き気がドラコに襲いかかり、たまらずハリーの肩に顔を寄せる。
「苦しいの?我慢できる?」
「できない。もう限界だ」
浅い息で、「お願いだ」と言ってきた。
それはひどく甘くハリーの耳に届く。
「もう限界なんだ……。僕を助けろ―――」
苦悶の表情であえぐ。
その表情がひどく色っぽい。
(「助けて」じゃなくて、「助けろ」なんて命令口調を言うところが、本当にえらそうなドラコらしいや)
ハリーは苦笑する。
「ねえ、助けてあげるから、君を洗面所まで運ぶとき『お姫様抱っこ』してもいい?」
意地悪く相手をからかった。
「もしそんなことをしたら、おまえをブチ殺すぞ、ハリー!」
ドラコは鋭くハリーをにらみつけて、ドスのきいた声で脅す。
「ハハハ……。口の悪さだけは健在だ」
「早く肩を貸せ!」
そう言って強引に自分の腕をハリーの肩に回して、自分のからだ全体を相手に預けてきた。
その力がないぐったりとした体で寄りかかられて、ハリーはたまらなく気持ちがいい。
はあはあと浅い息遣いも、別の行為のことを思い出させて、ハリーは相手をこのままボックスシートに押し倒したくなったが、絶対にそれは実行はしない。
もし自分が誘惑に負けたらこの部屋は、凄惨極まりない、ひどい状況になることは分かりきっていたからだ。
「ハリー……、ハリー……。早くしろ」
耳元に吹きかけられるあえぎ声。
もうハリーの節操ない下半身が変な勘違いを起こして、素直な行動を取り始めた。
ハリーは自分自身に苦笑した。
ドラコの肩を抱いて、もう片方の手を相手の腰に回して、立ち上がらせた。
「歩くことは出来る?それとも抱き上げようか?」
「絶対に歩く!」
からだがヨロヨロと前後に揺れて、ほとんど立っていられなくて、ハリーにすがりつくようになっているのに、それでもドラコは必死で歩こうとした。
これならば抱き上げたほうが何倍も早く洗面所まで行けそうだ。
だが本当に彼を抱き上げ通路を歩いたりしたら、ハリーのことを絶対に許さないだろう。
ドラコは信じられないくらいにプライドが高かったからだ。
でもそんな意地っ張りなドラコがかわいくて、ハリーには仕方がない。
無駄に高いプライド、容赦ない口調、かわい気のない態度、ぶっきら棒な仕草、胸をえぐる毒舌。
それがあるからこそ、自分が惚れたドラコというものだ。
でも弱っている彼に、少し悪戯をしたくなってしまった。
こんなにヘロヘロなドラコなんか見たことがない。
ひどく弱りきっている。
いつもハリーはドラコにいじめられてけなされているので、ささやかな反抗に出た。
「ドラコ、僕のこと好きって言ってみて」
「……んん?──何?……僕に何か言ったか、ハリー?」
自分の胃の中からこみ上げてくる気持ち悪さと必死で戦っているドラコは、相手が何を言っているのか、もうほとんど理解できていないようだ。
「僕の言うこと分かる?」
ドラコの耳元で少し大きな声で言ってみた。
「わ……か、る―――」
ぼんやりとした顔で脂汗を浮かべつつ、けなげにドラコはでうなずく。
「ス、キ。―――はい、言ってみて」
「……す……き?」
「そうそう」
ハリーはにっこりと笑う。
「あ・い・し・て・い・る。―――はい、僕に続いて言ってみて」
「アイ……して………、る」
震えるピンクの唇からもれてくる、愛の言葉。
(あー、たまらない!!)
ハリーはやに下がった顔でほくそ笑む。
「じゃあ次は、―――だ・い・て。―――さぁ、張り切って、どうぞー!!」
「だっ……、だい………。んんーーーーーーーっ!もうダメだっ!!ごめん、出る―――っ!!」
ドラコの喉が変な感じで、痙攣するように上下する。
喉元をヒクヒクさせて、ハリーの肩口に顔を埋めようとする。
そんなドラコに縋りつかれて、ハリーはパニックになった。
「ひぃーっ!!まってくれ、ドラコ!!!もう少し待ってくれ!!吐くのはまだだよっ!!ここじゃないから!僕が悪かった。僕はバケツじゃないよ!!すぐに連れて行くから!!―――ジャスト、モーメント、プリーズだっ、ドラコっ!!」
ハリーは「ギャーッ!」っと悲鳴を上げつつ、ドラコを乱暴に横抱きに抱えると、猛烈ダッシュで洗面所に走って行ったのだった。
作品名:それはちょっとした悪戯 作家名:sabure