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いつかみたもの

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 風呂上がりにペタペタと廊下を歩いて自室に戻る途中、気が向いて方向転換をする。目的の部屋は予想通り、障子越しにぼんやりと影が浮かび上がっていた。
「入りやす」
「あぁ」
 そう遅くはないとは言え、日付は変わっているので障子をそっと横に動かして部屋に滑り込む。
「まーだ、やってたんですかィ」
 まぁ、想像通りだったけどという言葉は呑み込んだ。そんなことわざわざ言わなくても土方さんには通じてる。
「うっせ」
 部屋に入ってきた俺に少しだけ視線をくれたけど、土方さんはそのまま机にかじり付いてキーボードを叩き続ける。苦手なパソコンと仲良くしなきゃいけないなんて気の毒だなと思うけど、こればっかりはどうしょうもない。人間ってのは便利な方へと流れて行くのだ。今では人並みに扱えるようになっていて、最近入った奴等に土方さんがパソコン苦手だなんて言ったら驚くだろう。
 いつものことだから俺は気にせず、缶ビールを煽りながら未処理と思われる書類を数枚拾ってベッドに腰掛けた。そんなに勢い良く座った訳じゃないけど、腰の下からギシッと小さく悲鳴が上がる。布団を上げ下げしなくて良くて、寝たい時にすぐ寝れるからという理由で導入されたベッドだけど、随分と使い古されて最近ではスプリングの軋む音が酷くなってきている気がする。座っただけでこれなんだから、もっと激しく使ったらどうなるかなんて推して知るべしだ。他の隊士達の部屋と離れているとはいえ、いい加減買い替え時だと俺は思う。
 ポタポタと水滴が落ちてくるので、缶ビールをベッドヘッドにコトンと置いて首からかけたタオルで髪を拭く。水滴で濡れた手は髪のせいなのか缶ビールのせいなのか良くわからない。

 濡れた手を着物で拭って書類に目を通す。ざっと目を通していくけど、決算報告だったり数日前の報告書だったり様々だった。規模がでかくなってからはきちんとそれぞれの部門責任者が据えられたのに、土方さんはどうしても最後に自分で目を通さないと気が済まないのだ。つくづく面倒くさいなァと思いながらも、土方さんがこうして目を光らせているから不正が起こっていないのかもしれない。土方チェックのことは周知の事実で、相当な抑止になってるんだろう。
 身内全てが味方だと思えたのは遠い昔のことで、数字に疎くて刀を振り回すことしか頭になかった連中ばかりだった頃とは事情も何もかもが違う。真選組は大きくなりすぎたんだ。
 最後の一枚に目を通した瞬間、ピクリと眉が動くのを自覚する。それは、他とはうってかわって手書きの文字や図が走り書きしてあった。斜めに傾いた特徴的なその文字は土方さん独特の物だ。

 土方さんが最近特に大規模になってきた真選組について、新しい構想を練っているのは知っていた。きっと近藤さんにもまだ言ってない。俺もまだ何も聞いてないけど、無防備にこうして片鱗を見せたりはするもんだから何となくはわかってる。きっともう少し土方さんの中で固まったら話したり相談したりしてくるんだろうから、土方さんから何か言ってくるまでは保留だ。
 しょうがないから溜め息を一つだけこぼして一枚目に逆戻り。何でこんな所に置いてあるんだかって感じだけど、缶ビールの隣に転がってるペンを取って気になる箇所に印を付けていく。枕に書類を押しつけて、左手にペン、右手に缶ビール。良い身分なんだかそうじゃないんだか。

 ギシリと一際でかい音を立てさえて土方さんが隣に滑り込んできた。
「なに、寝ンですかィ。いいんで?」
「良くない……でも、もう限界、無理」
「しょうがねぇなァ、何時間にしやす?」
「……二時間ぐらい寝る」
 俺が使ってない枕に顔を埋めて動かなくなった土方さんを見て、苦笑いしながら黒い正方形の目覚ましを二時間後にセットしてあげた。
 今は仮眠の邪魔をするつもりはない。だから書類と缶ビールを手にベッドから下りようとしたのに、落ちたと思ってた土方さんの腕が伸びてくる。
「何でィ、土方さんもビール欲しいの?」
「飲む」
 水滴のついた缶をこめかみの辺りに差し出すと、土方さんは仰向けになって少しだけ頭を浮かせ、一気に飲み干した。確かにほとんど残ってなかったとはいえこんな体勢で一気できる量でもなくて、唇の端から零れたビールが肌を伝う。喉を鳴らしそうになるのを辛うじて抑えたけど、腰に熱が集まりそうになって俺は再度ベッドに撃沈した。
 俺が大人になった分だけ土方さんも年を重ねてて、目尻に小さく皺なんか出来たりしてるけど、そんなことはおかまいなしに土方さんの色気は増してる気がする。またその辺りについて本人が無自覚だから性質が悪い。今みたく、俺ばっかり困る羽目になるんだ。背中を向けて壁と睨めっこするけど、意識は背中にばかりいって女々しくてしょうがない。

 完全に暗くすると起きれないからだろう、少しだけ部屋の明かりを落として、俺の葛藤なんておかまいなしに土方さんは俺から缶ビールと書類を取り上げて遠ざけた。
 文句を言う暇なんてなかった。何か言おうと口を開く前に、土方さんの腕が身体に巻き付いてくる。
「な、に」
「んー、湯たんぽ?」
「ンな寒くねぇですよ」
「じゃあ、栄養剤」
「栄養……」
「いいじゃねぇか、俺ァ疲れたんだよ。黙って癒してろ」
 短時間で回復しなきゃなんねェんだよとぼやきながら、俺の身体に回された腕に力が入る。土方さんの手は俺の臍辺りにあって本当に良かったと思った。さっきの名残を引きずってるから、これより上でも下でも俺は困る。
 諦めて数字でも数えようかと思った所で項に堅い感触。
「……土方さん、寝る気あんですか」
「いいにおいする」
 努めて平坦に言ってやるけど、敵はまるで気にしないようだった。既に声は微睡みの中をたゆたっている。
「そりゃ風呂入りましたから」
「そうじゃなくて。ちゃんとお前の匂いがする」
 すんと小さく鼻を鳴らして擦りつけてきた。ああ、もう、わざとじゃないのかこれ。
「土方さん……俺、まだ若ェんですけど」
 少しの間があいて、くっついた背中越しに小さな振動が伝わって来た。こういう所は相変わらず殺してやりたくなる。言外に込めた意図はきっちり受け止められてるみたいで良かったけど、面白くはない。
「テメェだってじきに三十路だろうが」
「でもまだ花の二十代なんで」
「おっ前、俺がお前の年だった時はオッサンオッサン言いまくってたじゃねーか」
「十代からみりゃオッサンでさァ」
「言ってろよ……でも珍しーな」
「……アンタはわかってねェんですよ」
 自覚して出し入れしてる部分もあるみたいだけど、俺が本当に弱いのは土方さんの無自覚な部分だ。そんなのむかつくし、揺さぶられる部分が減るのも面白くないからそこを教えてやる気はないんだけど。
「四時間」
「え?」
「四時間後にセットし直せよ。そんで、お前も手伝え」
「……しょうがねェな。俺は高いですぜ」
「言ってろ、馬鹿」
 少しだけ先延ばしにしたけど、期限は相変わらずすぐそこだ。しょうがないから、とりあえず唇を合わせてみようか。あっという間に何も考えられなくなるに違いない。





2009.03.21
作品名:いつかみたもの 作家名:高梨チナ