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観察者の朝

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1:部員A
 その夜はなかなか寝付けず、いつまでもすすり泣く声が耳に張り付いていた。

 純さんが泣くのは珍しくない。
 去年の今頃も三年生の去った部屋で隠れるように泣いていたし、卒業式にも泣いていたし、先月も少女マンガを読みながら鼻を啜っていた。それを同じ三年生の亮介さんにからかわれて鼻声のまま怒鳴り返し、横にいた丹波さんがこっそり吹き出したのを見逃さずにまた怒鳴る。
 今朝の静かな背中を見ながら思い出して鼻の奥がツンときた。
 昨日までは早朝から気合を入れるためと言って大声を出し、寝起きの俺たちをうんざりさせた。
 今朝の起床が少しだけ遅かったのは純さんの声が聞こえなかったからだ。
 俺たちが起きた時、純さんは黙って荷造りをしていた。
 挨拶をすると「遅い」だの「休みでも気合入れろ」だの文句が飛んできたが、じきに言葉を詰まらせた。
 純さんと共に俺たちは言葉を失い、嗚咽ばっかりが部屋に満ちた。

 昼ごろ、それまで静かだった隣の部屋から話す声が聞こえてきた。
 「じゃあ、元気でな」という一言だけ聞き取れた。そして扉が閉まる音。
 それを合図にするように純さんも立ち上がった。
 俯いたまま。表情は見えない。
「じゃあな。俺がいなくなってもシャキッとしろよな。」
 純さんは日が高いので蛍光灯を点けない室内から、陽光で眩しい外へ踏み出した。
 大きくはない戸枠で切り取られた外の世界は広く明るいのに、純さんを溶かしてしまうようで怖かった。

 背中を丸めた純さんは部屋の前で背筋を伸ばし、バッターボックスに入るときのように丁寧に頭を下げた。

作品名:観察者の朝 作家名:3丁目