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世界の終わり

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"生きる。と言うことを体感した事は無い。いつも死に向かって急ぎ、自分の痕跡を消して来た"

"そしてこれが、最期の仕上げだ"



■世界の終わり■


ぞくっとした、どこか懐かしささえ覚える殺意に振り返った時、鋭い痛みと熱を感じた。ルーミスは腹部を押さえ、そのまま崩れ落ちた。短い呼吸を繰り返し、額には大粒の汗が浮き出る。傷口から溢れた雫は手から零れ、床に流れる。見上げるとマイケルはあの冷たい眼差しで彼をじっと見つめていた。

「来…た、か…」

今夜、彼が来る事は始めから知っていた。彼が妹を殺したなら、あとは自分ひとりだ。それでも逃げはしなかった、これが自分の運命なのだと悟っていた。全てから逃げ、誰も救えなかった男の末路だと。

「これで、誰も…いないな…血が繋がる者も、私も…お前、一人…だ」

途切れ途切れの言葉にマイケルは聞き入るだけで、やはり何も言わなかった。ルーミスは一際大きな咳をする。口から吐き出される血を拭い、苦悶を浮かべて言った。

「…誰も居なくなった…世界で、お前は…何を、する?」

死者を瞑するように耳を傾けていたマイケルは彼から離れ、窓のカーテンを開けると、月の光がこぼれた。窓の外は自分が見てきた世界とは随分違う、だが15年間見続けてきた世界が眼前に広がってくるのを感じた。あの日と同じ。一人で、あるいはルーミスと見てきた風景。それも今日で終わりを告げる。二度と思い出す事はない。

「マイケル…」

ルーミスは眼を細め、頭上に光る刃物を見みつめる。そこに迷いは無く、男と同じような虚無が広がっているだけだった。ルーミスは初めて、男の安息を願った。


 血に染まるルーミスは何処か安らかだった。彼の体からナイフを引き抜き、血を袖で拭った。不意に事切れたルーミスがローリーと被る。彼女もまた、このように死んでいった。呪事を吐く事も無く、まるで哀れむような眼差しを向けて…。その視線から逃れようと背を向けた。

これで全て終わった。

だが、積年の願いが叶っても、達成感も何も沸いてこない。只、広がる空虚感がそこにあった。こんなはずでは、と思えど、既に終わった事だと頭の中で事務的に処理された。

"そう、終わったのだ。このマスクももういらない"

マイケルはマスクを脱ぎ捨て、ふらりと外へ消えていった。



 マイケルは何処かのしっとりと冷たい部屋で地べたに座り、終わった世界を思い返していた。 床に刺さったキッチンナイフを引き抜き、側面をじっと見つめる。映るのは深い隈と青白い顔。まじまじと自分の顔を見ることなど無かったから、こんな顔をしていたのかと少し驚きを感じる。そして、少しは喜んだ顔が出来ないものかと、可笑しくなった。試しに薄ら笑いを浮かべてみた。しかし、そうしてみたのは腕を下げ、視線を宙に反らした後だった。そう出来ていたのか確認できなかった。そして瞳を閉じて感じた事は虚無感と喪失感、喜びや悲しみなど生まれてこない。何も無い、彼が望んだ通りになった。
そうして、一際大きくため息を付いて


喉にナイフを突き立てた。


初めて感じる"痛み"によろめく。目の前が揺れ、膝を付く。首と口から溢れ出る血を眺め、漠然と思い出すのは彼らの事。そして、意識を失いかけながらも這いずる様に窓枠に手をかけ


___身を投げ出した。





どさ、っと大きな音を立てて芝生に落ち、男の死体はスクリーンに映る。何度映し出されても、あの日のハロウィンの様に男の死体が消える事はなかった。エンドクレジットは二度と消える事の無い男が映し出されるだけで、終わりを告げる音楽も流れない。響く音は、少年のかすかな息遣いと映画の回る音だけで、不気味な静寂に包まれている。映画が途切れ、垂れ幕が下がっても、驚愕を浮かべて少年は食い入る様にスクリーンを凝視したままだ。まるで、映画が今そこで、現実に起こった残劇だと思い込んでいるかのように。

無論、全てはスクリーンの中の出来事であり、虚構である。エンドクレジットが流れ終われば、唐突に世界は終わりを告げる。続きはありはしない。だが、誰かが望むのであれば、再び世界は回りだす。例え、虚構の中の世界が終焉を願っても、

我々がその終わりを望むか


その物語を忘れ去るまで


永久に同じ事を繰り返し


終わりは来ない
作品名:世界の終わり 作家名:スミシー