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三千世界の烏を殺し

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しとしとと続く淫雨の音に紛れるように、ぽた、ぽたんとなにか重さのあるものが落ちる音がしている。寝返りをうつのさえ億劫な体で格子に区切られた明け空を見遣りながら少年はつう、と細く息を吐き出した。

あれは、椿の落ちる音だ。少年の脳裏に浮かぶのは黒い土へその身を投げ打つ真紅の花弁である。花びらの一枚一枚が散りゆくのではなく、額ごとぽたりと落ちる様子はどこか儚さとは無縁でそれ故に空ろである筈の心が投石されたように漣をたてる。これも同じ名がもつ宿縁であろうか。
―夏椿。紅い同胞の代わりとばかりにこれから咲き始める真白の花こそが少年の名である。


「ツバキさん、お時間です」

恭しく頭を垂れた少年の濡れ烏のような髪の毛をくしゃりと 掴む。豪奢な羽織を着こなし、眩い装飾に彩られながらも、どことなく憂いを湛えた扇情的な瞳の少年は細い指を絡ませ、掻き混ぜるようにしながら俯いたままの項を見つめた。

「みっかどぉおまえはいつまでもかてーんだよ!俺とおまえの仲だろ?もっと砕けて?なっ!」

頭から移動させた指先で片頬を軟く掴み、持ち上げるようにすれば帝人と呼ばれたまだあどけない面立ちの少年は困ったように眉を寄せる。

「そんなこと言ったって今はそういうわけにはいかないでしょ」

口調は批難めいているくせに体温は正直で掴んだ肌は朱に染まる。そんな帝人を愛おしく思い、しかしそれと同時に眩んだような感覚に襲われ頭が重くなった。 それを隠すようにして言葉を次ぐ。

「いいじゃんかよぉ誰も気にしてねーって」

尚も帝人に詰め寄り、今にも頬ずりでもしそうな勢いの少年が突然、胸に抱きつくようにして受け止めきれなかった帝人そのまま床へ転げた。

「ぇ、あっ」

「なっうわ!」

思わずぎゅっと強く瞑った瞳を開ければ吐息のかかる距離に迫る紅のひかれた唇。伏せられた瞳には金糸のように繊細な睫毛が煌く。

帝人は無意識のままごくりと喉を嚥下させていた。
引き寄せられるように唇を寄せようとして、ぱちりと開いた蜂蜜に射抜かれ動きを止める。

「わっみ、かどっ」

悪い!と小さく謝罪をしながらまるで湯上りのように上気させた頬を俯かせ体を起こす。
(さっきまではあんなだったのに、いざこうなると )
可笑しなまでに初々しい反応を 見せる眼前の少年に疼き始めた心臓を押さえる。別にいいよ、と苦笑して見せて帝人は袂を正した。 原因は眼前の少年の、その後ろであろうことはわかってしまった。

「あの、そろそろいいですか邪魔なんですけど」

「青葉!おまえなぁ!」

面映い沈黙が流れていた廊下に鋭く棘のある声が放たれる。弾かれたように振り向いた先に立っていたのは宵闇のような髪に白く透けていきそうな肌を持つ、少女と見紛うほどに可憐な容姿の少年である。

「いくら客がいないからって、俺が気にしてますから」

一針一針細かな刺繍が施され見るからに一級品と判るような羽織の裾を踏みつけたまま青葉は更に嫌味たらしく小言を浴びせる。

「だからって踏むことねーだろ!早く退けろよ!」

「ぎゃんぎゃん煩いなあ、そんなに退けさせたいのなら自分でどうにかすればいいじゃないですか」

「ふざけんな!」

最早日常茶飯事となってしまった応酬を帝人は呆れたような、それでいて実に穏やかな眼差しで見ている。
青葉はツバキつきの振袖新造であるがツバキに対しては歳が近いせいなのも相俟ってか普段(殊更客の前では)ひた隠しにされている生意気な部分が牙を向くように集約されるのだ。
時に普通の男兄弟のように手が出るような喧嘩さえするふたりだが一度客を前にすれば水面下では睨みあいつつも実に見事に優美な笑みで男たちを魅了してしまうのだから、やはり次期太夫の名も伊達ではないなと得心していた。

「ちょっと、朝っぱらから何やってんのさ」

凛と澄んだ秋空のような声に最早混沌と化していた応酬が静まり、ひやりとした空気に一帯が包まれた。

「・・・甘楽さん」

忌々しいと訴えるような表情のツバキに妖艶な笑みを返したのは甘楽と呼ばれた男で、切れ長の瞳の真ん中で石榴のような赤色を爛々と光らせている。全ての光を吸い込んでしまうような漆黒の着物に白雪のような織りの帯は地味どころか洗練されたようにその存在を見るものの脳裏に焼きつける。ツバキは以前、何故にそのような着物ばかり選り好みするのかと問うたことがあるが――黒が好きなんだよ。それに、俺みたいに元が良すぎるとあれこれ着飾るのは逆に無粋になるのさ――と、意識してかせずしてか真顔で答えられたことがある。 派手な髪の色にはっきりとした面立ち、それを彩るのも毒々しいまでに極彩色の羽織。そんなツバキへの当てつけか、はたまた全く意図していないのか。当時は図りかねてむくれた頬を、珍しく穏やかに撫でられた。あの体温を、俺は未だ忘れずにいる。

「今何時だと思ってんの?帝人くん、青葉くん連れて茶屋に上がって支度させて」

「はい」

鈍い瞳の色で帝人は微笑し、青葉を連れて去ってゆく。その後ろ姿を玩具を取り上げられた幼子のように未練がましくじっと見詰めていたらふいに羽織の裾を引っ張られた。

「ちょっと!甘楽さん?」

突き当たりの空き部屋に放り込まれる形で転がり込んで、この男が何をするつもりなのか、判りたくなどない。
甘楽は深海魚の骨のように白い人差し指をツバキの薄く紅の引かれた形のよい唇に押し宛てて、妖艶に口角を持ち上げる。

「・・・っ!ひ、ゃ」

小さくあがった少女のような、悲鳴とも嬌声ともつかぬ声の原因をじっとりと見詰め、いくらか充足を覚えた指でなぞれば、華奢な肩がふるりと怯える。けれどもふたつの眼は射抜かんばかりに甘楽を見上げているので、眩しさに思わず眩暈を誘発して、曇りなき眼に両手で暗雲をもたらした。

「今日もお仕事頑張って、ね?」

一言耳元で定型句を口にした姿の見えぬ甘楽にますます思考が乱されて、考えられるのは真白のうなじに落とされた、ひたすらに紅い花弁のことだけだった。小さくなる黒い背中に至情を欲している自分に、ただ発作のような嫌悪感だけが渦巻いていた。





作品名:三千世界の烏を殺し 作家名:如月